2006年03月30日

ホントの事を言う方法


前回、負け続き人生では言えない事が多くなる、という事を書いたが、これは何も卑屈になってしまうという意味ではない。「負け星も勲章のうちだから、それについて何か語る必要はない」というのが大きな意味だ。別に私は全然卑屈になっていないので心配は無用だ。私を卑屈にしようと思ったら、びっくりするぐらい分厚い現金書留を送るほかはないと心得て欲しい。
とは言え、楽天のメンバーはもう少し卑屈になってもいい。楽天のホームページでホームゲームの中継を無料配信しているので、このところそればっかり観ているのだが、もうイライラさせられっぱなし。お前ら、わざと負けるようなヤツは男じゃないぞ。野球賭博にでも絡んでるんじゃないのかと思わされるほど、覇気のないプレーが続いている。小さい画面を我慢して観ているのだが、やる気が感じられないのは画面が小さいからじゃなさそう。観客の熱気は伝わってくるのだから。子供たちが一生懸命応援してくれているじゃないか。アレで奮起できないなんて、男じゃないぞ。おかげで私はロッテの結果を追うことすら忘れている有様だ。
ま、こういう話は野球のブログで書きましょうね。落ち着いてね。

さて、この欄がブログ形式になってからタイトルなるものを付けざるを得なくなった。これまでは漠然と書き連ねてきていたのだが、タイトルをつけると、そのタイトルに引きずられる事になる。つられて文体も変わってしまうのだから、私も結構いい加減だ。
普通は漠然とでも書く内容を決めて、それに沿ったタイトルを決めるのだと思うが、私はひらめいたタイトルを書いて、なるべくそれに合わせた内容を書くというでたらめなやり方だ。それだけ毎回切羽詰っているともいえるし、そのくせそれほど真剣に考えていないともいえる。
そういうことを踏まえた上で、今回のタイトル。
ホントの事を言う方法?なんだそりゃ。
そういうことは私はロックンロールに任せているのだ。ロックンロールというのは便利なもので、普段我々が言えないような事を、大声で歌ってくれている。これがタダのロックだと、上滑りな言葉だけを気取って歌っているだけなのだけれど、ロールが加わると内面にえぐり込んでこられるから不思議だ。多分言葉が単純になるから、その分ストレートに伝わってくるのだろう。
私自身、この欄でわりと好き勝手なことを書いているが、ロックンロールをやるためにステージに立てばもっと違う表現方法になる。しかし私の場合、ギターを弾けばコードを間違え、ドラムを叩けばリズムを狂わせるので、聞いた人々に真っ直ぐに伝わっているかどうかは怪しいトコロだ。
だがしかし、そういう多くの弊害があったとしても、人にホントの事を伝える時には、音楽は有効な手段だと思う。今これを読んでいる人の中には、「学生運動と吉田拓郎が俺の青春さ」という人がいるかもしれない。「結婚しようよ」を彼女に歌って聞かせるために髪を肩まで伸ばしたり、「落陽」を歌うたびに乗ったことのない「苫小牧発仙台行きフェリー」を懐かしく思った人もいるだろう。別にそれが悪いと言っているのではなく、歌で伝わる効果の大きさを想像してもらいたいだけである。
ただ、だからと言って、いきなり彼氏や彼女に歌を贈る様な危険な真似は避けてもらいたい。それがミュージシャンのCDを贈るというものならば何ら問題は無いが、自作の歌を贈るのだけはよしたほうがいい。特に楽器を覚えたての若者に多いのだが、彼女にギターを弾き語ってみせるなんて、自殺行為と知るべし。気持ちいいのは本人だけで、たいがいドン引きされて終わる。先の吉田拓郎経験のある人ならばよく分かるはずだ。私の周囲にはそうやって討ち死にしていったバガヤローが何人かいたため、私だけはそういうヘマだけはすまいと気をつけてきたが、幸いにも相手が現れなかったため、愚行に及ばずに済んだ。危ないトコロだったと胸を撫で下ろす一方で、一抹の寂しさがあるのが不思議である。

ここまで読んでくれた方の中で、「いい加減早く本題に入れよ」と思っている方もおられようかと思うが、甘い甘い。すでに長期に渡ってこの欄と付き合っている方には容易く想像が出来るとおり、今回も本題に入らないまま既に話題は終了直前である。
まあ、「ホントの事を言う方法」をどうしても知りたい、という方もいるでしょうから最後に教えてあげましょう。
内容がなんであれ、ホントの事を言うのはみっともないもんである。だがしかし、格好をつけて言える事なんて、相手の事より自分の事のほうに興味があるナルシストの自己満足でしかない。それじゃ何を言っても伝わらない。愛の告白も取っ組み合いの喧嘩も出来やしないはず。
だから、みっともないのを承知で正直に告げなさい。そうして、愛の告白なり掴み合いの喧嘩なり殺人計画なり振り込め詐欺の打ち合わせなり好きなことをしなさい。
それ以外にありませんからね。
じゃ、まあ、そういうことで、あとの事はよろしく。
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2006年03月27日

口に出来ない幾つもの台詞


テキヤのユウちゃんは22歳だ。いつもオシャレな格好をしているが、中でも印象的なのがちょっと斜めにかぶった帽子。昔風に言うならば「アミダにかぶった」格好だ。テキヤというとヤクザの副業と勘違いされがちだが、実際には全くの無関係である。しかし、格好がちょっとヤクザっぽい人が多いので混同されている。ユウちゃんの格好も、確かに見ようによっては今時のチンピラ風ではある。話し方に少し崩れた感じもあるが、それでも若者にしてはその辺の中年サラリーマンより敬語もキチンと使えるし、相手の気持ちを慮る繊細さがある。何よりいいのは、その明るさだ。太陽の如く底抜けに明るいのではなくて、月光のようにささやかに明るいのだ。
若者には生活や人生にあまり裏付がないので、一般的には太陽的な明るさを持つ。しかし同じ若者でありながら、ユウちゃんは小さい頃から両親の稼業のテキヤを本気で手伝ってきたせいで、生活や人生にキチンとした裏付が出来ている。故に笑うことにも、時には怒ることにも相手を納得させるだけの理由がある。言葉はつたないが、相手に対して真剣に向かい、言うべきは言い、聞くべきは聞き、改むるは改めてきたのだと思う。今の世の中でそんな生き方をしたら、さぞやいいように傷つけられてきただろうと想像が出来る。そうして得た明るさは、本来荒んだ心になり得るはずだった明るさだ。それをどんな方法で明るさに転化したのか。

私はこのユウちゃんと必要以上にウマが会う。
お互いにぶっちゃけて腹を割れる。年齢差は一回り以上あり、育ってきた環境も、価値観も違う。モノの見方も違えば美意識も違うだろう。恐らく私がユウちゃんと同じ歳だったら、激しく衝突したのではないかと思う。実際、彼が初めて私の店に来た時も、一瞬両者の間に緊張が走ったのだ。まるで、リングで向かい合ったボクサーのように目線上に火花が散り、「コノヤロウ」な雰囲気になったのだ。だが、彼の一言が際どいところでゴングを避けた。
「すんません、ちょっと俺雰囲気悪かったです」
そう言われて尚、飛び掛るほど私は好戦的ではないし、仮に戦闘開始したとしても絶対に勝てるはずが無いことは重々承知。色男には金も力も無いのだよ。しかし、キミのその戦闘体勢はなんだ、と思ったら、彼はボクシングをやっているとのこと。なるほど、格闘家というわけか。それで納得した。全く危ないトコロだった。それにしても、古本屋に入るときは臨戦体勢を解け。

様々な点でユウちゃんと私には違いがあるが、共通点が一つだけある。
それは、負け星の数。人生のうちで積み重ねた目に見えない星取表が、お互いに真っ黒なことだ。
何をやっても裏目ばっかり。勝負所で情けが出るのか実力不足のせいか、勝ちらしい勝ちを得た事が無い。美味しいところを持っていける要領の良さに恵まれていないから、バカ正直に損をする。計算よりも心が優先するから、得をして喜ぶような欲も、損をして悔しがる程の世知も無い。
そんな諸々を星取表にすると、正に真っ黒というわけだ。
「店長も負けっぱなしスか」
「そりゃもう負け続けだ」
「俺もずっと負け続けるんスかね」
「多分負け続けるだろうな」
「辛いッス」
そりゃ辛い。だがしかし、それでもリングを降りない覚悟がお互いにある。
「リングに立ってりゃパンチ一発で逆転もあるだろ」
「でも、そのまま負けることもあるッスよね」
「そらそうだ。どんなに一生懸命努力しても敵わない事はあるよ。例えば、負けて降りるヤツはただの負け犬だが、負けが怖くて最初からリングに立たないヤツよりいくらかマシだろう。でもな、負けても負けてもリングに上がるヤツが一番なんだよ」
「カッコいいッス。痺れるッス。それ、どっかで使っていいッスか」
「ダメだ。使うな。恥かくぞ」
「くうー。でも俺、世の中のヤツラに言いてえこといっぱいあるんスよ」
「言うな。絶対言うな」
「言えないんスよね」
そう。言えないのだ。負け続けてきた男には、絶対に口に出して言えない事が沢山ある。勿論それが原因で負け続けるのだが、そうと分かっていても、言えない。ユウちゃんはその辺をよく理解している。この若さで言えない事があるヤツは、どんなに負けが込んでいても負け犬ではないと言うべきだろう。
「・・・俺、好きな女がいるんス」
「バカ!言うな」
ボカ!
「やっぱ駄目なんスか。言っちゃ駄目なんスか!」
「言いてえことはよく分かる。分かるが、俺たちは負けっぱなし人生だぞ。好きな女に巻き添えを食わせるわけにいかねえじゃねえか」
「やっぱそうなんスか。俺もそうなんじゃないかと思ってたんス」
「もう一発殴らせろ!」
ボカ!
「アウウ。ジャンプ買いに来て二発も殴られるとは思わなかったッス」
「俺みてえに38年間も負け続けてるとなあ、お前よりも言えねえことが山盛りあるんだバカヤロウ。もう一発殴らせろ」
スカッ!
「いやッス!殴られるのも、負けっぱなしもいやッス」
「男の価値は、勝ち星の数じゃねえ、負け星の数で決まるんだ。それが分からねえヤツに売るジャンプは無え!」

ユウちゃんとの会話はいつもグダグダになって終わる。
帰り際、ユウちゃんに聞かれた。
「店長の星取りはどうなってんですか」
私は笑って答えなかった。言えなかった。言えるわけが無い。
0勝30000敗1無効試合(カワムラリサーチ調べ)。
こんな成績を聞いたら、若いユウちゃんはきっと自分の人生に絶望してしまうだろう。私自身、実はお先真っ暗な気分だ。だがしかし、勝ち星なんて人生のうちで一つあればいい。今度ユウちゃんが来たら、そのことだけは教えておこうと思う。
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2006年03月23日

「終わりの音」を聞く時


今日、私は床屋へ行った。
このところ妙に忙しくて、すっかり忘れていたが、しばらく床屋へ行っていなかった。そのせいで、肩の近くまで伸びきったブザマな髪になっていたのだ。もういいオッサンのクセに、何故か私の髪の毛はボサボサ生えてくる。時々自分で切りそろえないと、しょっちゅう床屋に行かねばならないほどだ。故に床屋に行くのは、自分の技術の限界を超えたときだ。前回行ったのは、確か11月だったか?よく憶えていない。

さて、いつも世話になっている店へ入ると、あろうことか「現在食事中」の札。
店主が出てきて、「しばし待て」。
オウサ!待つとも。待つことに関しては人後に落ちぬ自信がある。人生38年のうち37年は無駄にしてきたこの私が、今さら1時間や2時間無駄にしたところで何の問題も無い。
愛用のボロコートを脱ぎ捨て、一角のソファーに腰を下ろしスポーツ新聞を広げる。一面からWBCの話で持ちきりだ。良きかな良きかな。
散髪が終わったのは午後三時。ブラブラと歩きながら帰ってくる道中、最近常連の女子高生とすれ違いざまに「髪、髪」とからかわれた。カッコイイだろ、といったら、「変!」と断言された。

店に戻ってからは、いつもの発送作業。1時間半で11件こなしたのは上出来。
5時、風間氏の奥さんから届いた読書感想文を読み、返事を書くが、失敗したので破棄。
手紙を諦め、買取で入ってきた「生協の白石さん」を読む。白石さんは優しくてマメだ。自分に欠けているものを持っている人を見ると心が痛む。

多賀城の「ほんの舎」から電話があり、近況報告。辛いながらも頑張っている様子を聞くと、自分ももう少し頑張ろうという気持ちになる。それが高じると、そのためにはやはりヤツは邪魔者だという謀略をめぐらせることになるので注意が必要だ。

閉店後、煙草に火を点けようとして、ふと気になった。20年来使い続けているジッポの点きがこのところあまり良くない。もう本体がガタガタでオイルの蒸発が早い。2日に一度はオイルを充填しているように思う。以前はこんなことは無かった。芯を取り替えればいいのか、それとも寿命なのか。
私は一つの道具をかなり長く使うのだが、中でもこのライターは最年長だ。38年の人生うち、20年も使ってきたのだ。割と過酷な使用環境を考えれば、寿命だとしてもおかしくは無いかもしれない。赤信号スレスレの横断歩道を駆け抜ける最中にポケットから飛び出してしまい、取りに行けないまま何台もの車に踏みつけられ続けたりした。信号が変わって恐る恐る拾い上げると、それでも普通に着火したのだから、ジッポの丈夫さは折り紙付きだ。

これまで使ってきた道具で、長く愛用したものは他になんだっけ?
15歳の時に手に入れたニコンFは買ったときから中古だったが、15年目に猫のクシャミのような音がしてシャッターが下りなくなった。そう言えばこのカメラは、高校に入学した時、誰も祝ってくれなかったので、自分でこっそり買ったものだった(1万5千円)。
22歳の時に貰い受けたアコースティックギター(無メーカー)は、10年目に、文字通り最後の音を遺してボディーが割れた。
こいつもそのうち、終わりの音を奏でるのかもしれない。ジッポを見つめながら、私にこれをくれた人のことを思い出した。18歳のガキにライターをくれる人間だ。ロクなヤツじゃない。そんなんだから、顔も名前も覚えていない。そういう事にしておこう。私もオッサンになっているので、相手もきっと同じようなモンだろう。
長く使った道具というのは、壊れる時にまるで別れを告げるかのように音を出すことがある。それも、とてもあっけない音だ。だから、すぐにはそれと気付かない。おや?と思って、あちこちいじっているうちに、壊れたことに気がつく。そして壊れたあとに、それが自分にとっていかに大事なものだったか思い知る。
その辺は人間関係も同じかもしれない。

そろそろ、イムコのライターに代えようかと思っている。できれば古いものがいい。古いイムコは使い勝手が悪そうで、魅力的だ。道具なんて、多少不便なものの方がいいに決まっている。オークションで探してみると、時々良さそうなものが出品されているが、バカに高い。煙草に火を点けるだけのものに出していい金額じゃない。
よって、まだしばらくはジッポと付き合わざるを得ないようだ。あるいはこのまま使い続けて、墓の中まで持っていくのも悪くは無いか。ジッポと私と、どちらが先に終わりの音を奏でるか。誰か賭けないか?
posted by 肉王 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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