2006年06月29日

川原泉「笑う大天使」

川原泉の「笑う大天使(ミカエル)」が映画化されるそうな。デビュー時からカーラ教授(川原の愛称)を追いかけている身としては、是非観に行きたいのだが、ああいう映画はどうも女子供が殺到しそうなので、いい歳こいたオッサンとしては引け目を感じてしまう。
主人公が女子高生3人組だから、キャスティングだって押して知るべし。映画館の雰囲気もしかり。そこにオッサンの居場所は無い。あったら怖い。
オレは黒犬のダミアンが好きなのだが、それだけを観に来ましたと言ったって誰も信用しない。女子供にまぎれてオッサンが来ているとなったら、袋叩きにあって警察に突き出されても文句が言えない。
きっと、オッサンめ、貧乏人め、加齢臭め、古本屋めと責められて小突き回されて、ワケの分からない書類に住所氏名を書かされて、もう二度と人前には現れませんという誓約書なんかも書かされて、頬に渦巻きの刺青なんか彫られたりしてしまうんだろうな。
それを思うと怖気づいてしまって、とてもとても・・・。

それにしても、川原作品は根強い人気があるな。
オレは「甲子園の空に笑え」が好きだが、あのタイトルは確か里中満智子か誰かのパロディなんだよな。そのせいでもなかろうが、あまり語られることの無い作品だ。アレは後の「メイプル戦記」にも繋がる名作なんだがな。
「笑う大天使」は、本編も面白いが、読み切りで描かれたサイドストーリーが良い。あの頃は度々休載して、カーラ教授も精神的に辛そうだったにも拘らず、クオリティの高い作品を残したのは流石。
現在は故郷の鹿児島に戻り、ゆったりとしたペースで描いている模様。その効果か、近作「ブレーメンU」で星雲賞を受賞したとか。カーラ教授と星雲賞とは、イメージが直結しないが、それでも結構。貰えるものは何でも貰っておくに限る、とビートルズも言ったとか言わないとか。
posted by 肉王 at 02:44| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月28日

そろそろ夏だねぇ

気温だけならもうすっかり夏だねぇ。
夏になると虫が出るねぇ。
夏になるとモノが腐るねぇ。
夏になるとおかしなのがウロつくねぇ。
夏になると古本屋が死ぬねぇ。

苦手なんだよ、夏が。夏の生まれなのに、弱い。
体力が無いからか。もう既に食欲が落ちてきている。
ああ、今年の夏こそは死ぬな、と思っていたところへ、風間一輝氏の奥さんから「ウニ」が届いた。ウニだよ。あのイガイガの、栗みたいなヤツ。丸いくせにキャッチボールも出来ないヤツ。キミタチは食べたことが無いだろうが、アレは食べられるんだよね。
奥さんからは今回に限らず度々海の幸を送って貰うんだが、ただしこれは条件付き。もちろん、おカネや体を引き換えにというわけじゃない。しかしそれはある意味もっと重たいものだ。
「自作の小説を書いて送ること」
おおーぅ、中々ヘヴィーだねえ。もっとも、毎回というわけじゃなくて、ただの一編だけでも良いということだけどね。
というわけで、今月一本、鳥の話を書いたが、これがデキが悪い。2回くらい書き直したけれど、全然良くなりゃしない。普通、1回の書き直しだってそれなりに良くなるもんだけれど、全然ダメだった。なので今は別のものを準備中。毎晩、仕事の後に10分でも20分でも時間を見つけて作業をしているんだけれども、近頃は閉店後に遊びに来てオレに見せびらかしながら飯を食うヤツなどもいたりするので、作業が遅々として進まない。
晩飯もロクに食えないほど経済的に追い詰められている人間を前にして、大きなエビフライを独り占めするなんて、まともな神経の持ち主のすることじゃない。季節が夏じゃなかったらブン殴っているところだ。よっぽど、「あ、エビフライにハエが」とか何とか言ってキンチョールを噴き掛けてやろうかと思ったが、食い物のことで諍いを起こすのはロックンローラーのすることじゃないのでヤメておいた。
今度同じことをしたら目の前でウニを食ってやる(腐ってなかったら)。

しかしアレだな。毎年同じことを言ってしまうが、今年の夏はどっか行きてえな。7月は何でもかんでも滅多やたらに売りまくって、しこたま稼いで8月にニ三日くらい旅行に行きてえなあ。5年間ここに座りっぱなしで、腐っちまいそうだよ。
6月もそれなりに働いたつもりだったけど、結果は全然残せなかった。結果が残せなかったということは、努力が足りなかったか、努力の仕方を間違っていたかということ。方向が間違っていないという確信が得られれば、このまま努力も続けられるのだけれども、実はそこに確信がない。試験に出ないところを勉強しているような不安感とでも言おうか。
なんだか貧乏神に魅入られているんじゃないかと思っているのだが、人に言わせるとそれは貧乏神ではないらしい。何故ならオレは貧乏以下の生活をしているのだから、貧乏神にさえ相手にされていない筈なのだという。なんと恐ろしいことを言うヤツなんだ。
じゃあ、オレについているのは何かというと、貧乏神よりもタチの悪いもの。死神。うわあ、よせよせ、そんなモノ、多賀城か鶴ヶ谷に行ってくれ。

ああ、そろそろ夏だねぇ・・。
また古本屋が死ぬねぇ・・・。
posted by 肉王 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月26日

真夜中の扉を探す(8) Rock & Roll Music

ここ数ヶ月、オレの店でビートルズが流れない日は無い。お客さんにビートルズの音源の殆どを提供してもらったお陰で、レア音源すらも聞く事が出来る環境となった。
今さら言う事でもないが、やっぱカッコいいじゃねーか。このところのロックンロールに無い「ヤケッパチな不良臭さ」が満載だ。オレが特に好きなのは初期の作品で、中でもチャックベリーなど大御所のコピーだ。「Rock & Roll Music」「Johnny B. Goode」「Sweet Little Sixteen」など、どれもこれもスコーンと突き抜けた感じがたまらない。まあ色々あるだろうがとりあえず車に乗らナイカ?と言われているようなワクワク感がある。乗ってアホアホになろうよ、と。
賢いヤツには敵わないし、金持ちにはなれそうも無いし、二枚目にも憧れないし、それ以外にもこの先何かラッキーなことが待ち構えていそうだなんて夢にも思わないけれど、とりあえずそれでいいじゃん。というヤケクソがロックンロールの背骨なのだと思っているのだが、そのヤケクソを素直に受け入れられるようになったのは最近のことだ。多分、ここ10年の間くらいじゃないか。
それまでは、若いということもあってそれなりに色気もあり、「いつかは賢くなれるだろう」とか「間違って金持ちになれるかも」とか「オレって結構二枚目ジャン」などと思い上がったり勘違いしたりしていたのだが、そもそも生き方が伴わないことには何も手に入らないし、鏡は恐ろしいほど正直だということに気が付いてからは色気も山っ気も綺麗に消え失せた。そうしたら、馬鹿で貧乏で不細工な自分と等身大で付き合わないことには何も始まらないわけで、何も始まらないことには突然何かが発生するということは絶対にありえないというワケの分からない確信を得た。
その事とロックンロールとどういう関係のあるのかというと、これがまた説明が難しい。多分、一晩かかっても説明できない。オレと長く付き合っているヤツラですら「全然意味が分からない」そうだから、ひょっとしたら意味なんかないのかもしれないとすら思う。
ただ、とにかく意識しているのが「自ら選択し続ける」ことなんだな。右か左か、出るか引くか、伸るか反るか。選択の基準は何でもいい。正か悪かでもいいし、損か得かでもいいし、好きか嫌いかでも。どうでもとりあえず選ぶ。するとその先にも選択肢がある。そこでもまた選ぶ。無理でも選ぶ。
オレの場合、選択の基準が「ロックンロールの聞こえる方へ行く」だから、かなり捨て鉢な選択方法だ。正も悪も無いし、損も得もありゃしない。そもそも選択に意味すらない。その結果が古本屋かというと、そうでもない。まだこれだって選択の過程だろうと思う。転機が来ればまた選択するんだろう。
ビートルズを聴いていると、もっと転がれもっと転がれと言われているような気になってしまう。ロックンロールという車に一度乗ってしまうと、なかなか降りられない。早々に降りてしまったヤツラも沢山知っているが、ヤツラは多分本当に乗っていたわけじゃないんだろう。かく言うオレだって、今乗っている車がひょっとしたら幻なんじゃないかと思うこともある。
けれども、それらも込みで「ヤケクソ」を受け入れているのだから、結果がどうあれこの先の人生が楽しみではある。
じゃ、また明日だ。
posted by 肉王 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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