2008年01月22日

アクセクしてますよ

クソ忙しいぜ!
なのにオレは「番付頂戴 第3話」の校正なんかしてやがる。
バカじゃないのか?と思いつつも止められない。
なんだかもう、ウガー!って感じで生きてるよ。
posted by 肉王 at 00:00| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月21日

保護を卒業

皆様お久しブリです。
これまでの約2週間、ブログのことなんかコロリと忘れて日々を過ごしてまいりましたが、本日とうとうヒゲから「カネならいくらでも払うから書け」とのツッコミが入りましたので、生活のためにつまらない日記を書きます(決して「つまらない生活」のためではないので、念のため)。

まあ、一口に「卒業」と言ってもね、色々あるんだよこれが。
そもそも、web日記の時代からここを読んできた皆さんにゃあ、今さら何も言うことなんか無いんだよね、本当は。
でも時々、基本的にモノが分かって無いヤツとかいてさぁ(そういうのに限って偉そうにヒゲなんか生やしてんだよ)、いちいち最初から説明しないといけなかったりするんだ。
そうして考えてみると、学校の先生って大変な仕事だよね。
まあ、そんなオチコボレのために、最初から書くよ。
ちゃんと読めよ、そこのヒゲ(約7cm)。

今回は1時限目で、テーマは「保護を卒業」。
保護っていっても、色々あるよね。生活保護とか、人権保護とか、カメレオンの保護色とか。
中でも最近やたらとうるさいのが環境保護。
結論はもうずっと前に出してあるから、今さら何をだけれども、ヒゲのためにもう一度書くよ。
環境とか自然とか、そういう大それたものは保護なんて出来ないから、やめましょうね。
オレたちはマスコミやメーカー(企業)に騙されているんだよ。
例えば、昭和時代に散々公害を出してきた企業が、今になって掌を返して「環境のため」なんてほざいてるのは、どう考えても環境保護を餌にした新手の商売としか考えられないだろう。
どれだけ「環境に優しい」と謳ったところで、環境にビンタ喰らわしている事には変わりが無いわけで、それを安易に利用しているユーザーも、その片棒を担いでいることに気がつけよって話だ。優しく叩いても強烈に叩いてもビンタはビンタだ。一発で倒すか十発で倒すかの違いしかない。それを「優しさ」だなんて、よくぞ言えたもんだ。

「貴方の使っている車やエアコンは、環境に優しくありませんから、今すぐ新製品と買い換えましょう」
オレたちはメーカーに、こういう風に言われているんだよね。
今使っているのはお前の会社から買ったもんだっての。お前らの作ったモンが、環境をどうにかしてるんだから、まずはお前らが責任取れよってことを、何故誰も言わないのか。
それでも買い換えろって言うんなら、じゃあ今使っているものを、お前らがちゃんと無償で引き取って処分しろ。しかし、環境に一切の悪影響の無いように処分しろよ。
そういう声に、メーカーやマスコミは耳を貸すか?貸さないだろう?
「なんて馬鹿な意見だ。極論だ」と笑うだけなはずだ。
そうやって極論をせせら笑いつつも、製品の欠陥で死者が出たり怪我人が出たりした時だけ大騒ぎするのは何故だ。
環境破壊が人類の破滅に一役買うというのなら、今この世にある文明の利器はすべからく欠陥商品であるとも言えるはずじゃないのか。
日本人の割り箸使用量は年間何億膳で、それらを換算すると東京ドーム何個分の森林に匹敵するなんてアホな換算をしているけれど、割り箸のために森林なんか伐採してねーよ。割り箸は廃材利用だから、むしろ環境のためになっているだろう。割り箸にすら利用されなかったら、ただ焼かれるだけで、むしろそれが温暖化に繋がるんじゃないか?
おかしな換算式を用いるから、暇なヤツが大騒ぎする。
レジ袋はやめてマイバッグ?それを作るためにどれだけのエネルギーを消費してるのか。それをレジ袋何枚分かに換算してみろって。星野仙一のような安直なヤツをCMに使うな。あれで騙されるやつが何万人もいるんだぞ。
まあ、マイバッグを使うのは百歩譲って「よし」としてもだ、それをちょいちょい買い換えるようなマネはすんなよ。余計に環境に悪いからな。買った以上は壊れるまで使え。
ゴミの分別だって、やっているから即「偉い」なんて思わないでくれよ。そんなことはヤクザでも古本屋でもやっていることだ。だって、そうしないと収集車が持って行ってくれないからな。どうせ誰も彼もその程度の意識で分別しているんだろう?第一、分別さえすればそれで万事OKじゃない。分別しているからと言って、好きなだけプラスチックを捨ててしまっては本末転倒だ。
そもそも、あのリサイクルってヤツがクセモノだ。リサイクルにかかるエネルギーは一体どれだけなのか。言葉は聞こえがいいけれど、やっていることはただのエネルギー浪費だ。現在のリサイクル率では、とても「リサイクル」と呼べる代物じゃない。それに加担して、ナニが環境保護かと。肝心なのはリユース(再利用)だろう。とは言え、今さらジュースがビンでしか飲めなくなると、「不衛生だ」とか騒ぐんだろうな。
他にも水質や大気のこととか細かいのが沢山あるんだが、面倒くさいし早く帰りたいからここら辺にしておきたい。

そもそも、資源を加工すること自体が不自然なことなのだ。
しかし、文明とは資源を加工することで成立しているのだから、それらを享受している人間が「環境保護」なんて言えた義理じゃない。まるで、インフルエンザウィルスが、熱を出している人間に対して「君の体のことが心配だから、活動を控えめにするからね」と言っているようなもんだ。そんなの、人間にとっては余計な御世話で、本当はガンガン熱を出して、ウィルスなんかとっとと駆逐したいのだ。ウィルスのせいで病気になっているんだからね。
身も蓋も無い言い方だけれど、そもそも人間の生活には自然を脅かすほどの権威はないのだと思う。どれだけ営々と築き上げたものだとしても、人間の文化や文明は結局ゴミくずの集大成でしかありえないのじゃないかと。
環境汚染によって人類が滅びても、それはそれでいいじゃないか。人類は火を使い始めたときから、そういう筋書きなんだろうと思うよ。その結末は「報い」として甘んじて受けようじゃないか。
というわけで、1時限目は終了です。
これで少しでも納得した人は、環境問題卒業です。
いやいや、それでも自然破壊は許せないという人は補習です。
じゃあ、一体どこでどれだけ自然が破壊されているのか、テメエのその目で見てきなさい。
はい、お疲れ様でした。
posted by 肉王 at 00:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月04日

番付頂戴(第二話)

上野広小路を市電に沿ってフラフラと歩き、仁丹塔の影を見ながら脇道にひょいと潜り込む。今にも落ちそうなドブ板を踏み抜かないように奥へ奥へと入っていくと、震災の後にやっつけで建てられた安普請のセコ長屋が左右に一丁続く。無警戒に開け放たれた土間口からは、威勢のいい生活の音や遠慮の無い子供の声が漏れ聞こえてくる。
震災前までは吉原大門の脇に住んでいたけれど、なァに大門とは名ばかりで明治の終わりの大火でもって門なんかありゃあしない。それでも往来は盛んだったし、噺家仲間もなんだかんだっちゃぁ便利に使おうってんで出入りが激しかったから独り身には淋しさも無い、なんとも楽しく暮らせるところだった。
ところが、震災後に師匠のおカミさんの口利きだか差し金だかで、縁談なんかまとまってしまったもんで、そんな不遜なところへも住んでいられなくなった。こりゃあ慌ててどっか探さなきゃァならないと思ったところで、どこもかしこも家なんかまともに建っちゃいない。まともに建っているところはといえば、かろうじて残った数少ない寄席へなんか通えもしないようなド田舎ばかり。まさか狸相手に落語じゃああるまいし、通ったところで足代ばかりかかって何をやってるのかわかりゃあしない。
ところが目端の利く地主がいたもんで、広小路界隈にあっというまに長屋をおったてた。おったてたはいいけれど、近場の上野公園でもって震災で山のように出た死体を焼いたから、気味ィ悪がって借り手がなかなか現れない。
「あんなもなぁ一山ナンボの材木焼いたもんだとだと思えばなんてこたないよ」
地主はそういうけれど、何せうず高く積み上げられた死体からでた強烈な臭いが忘れられないのも人情だから、いくら江戸っ子だって二つ返事で応とも言えない。ともかく誰か一人でも入ってくれりゃあ、あとは何とか埋まるだろうさと目論んだ地主が目を付けたのが新米師匠の夏場亭風流というわけだ。
「師匠、なんだかご新造さんを迎えられるとか聞きましたが。御住まいは決まりましたか」
「うん、それよ。これこれこういうわけで困っちまってんだよ」
「じゃ、どうですか。うちに入ってみちゃあ」
「だってお前さんとこはアレだろ」
「アレって言いますか」
「そうは言ってもナニじゃねぇか」
「ですからね、とりあえず試しに入ってみちゃくれませんか」
「とりあえず試しで祟られちゃたまらねえよ。オタメシやぁ、なんて出られちゃよ」
「ですからね、一年黙って入ってくんなさいよ。もちろん、その間店賃は要りません」
「え?ロハなのかい?本気かい」
「一年経って、なぁんにも無かったら、そっから店賃を入れていただけりゃいいですよ」
だったら儲けたもんだとすぐに荷物と女房を抱えて長屋へ転がり込んだ。どういうわけだか師匠のおカミさんまでくっついてきたのが誤算といえば誤算だった。おカミさんに言わせれば、裸同然で転がり込んできた小僧を内弟子にして貧しい家計をやりくりして一人前の真打にしてやったのだそうで、師匠がおっ死んだ途端に他人扱いする気かと泣き付かれれば、そりゃあもっともだ、おカミさん堪忍してくれ一緒に住もう、となっちまう。女房はぎょっとしていたが、なあにおカミさんももう六十何歳だ、近々ポクっと逝ってくれらぁとなだめすかした。
そうしてもう三年も住んでいるが、未だに店賃は払っていないし、おカミさんもなかなかどうしてポクともカクとも逝きゃあしない。
毎年地主が交渉に来るけれど、何とかかんとか言いくるめてもう一年もう一年とやっている。
「ねぇ師匠、もういい加減に店賃払ってくださいよ」
「ナニ言ってんだい、なんにも無けりゃあ払うって約束だったろ。未だにおめえ、仏さんが迷って出て毎晩毎晩大騒ぎだぜ」
「嘘言わないで下さいよ。他ぁ全部埋まってるけど、そんな話はひとっつも聞きゃぁしません」
「そりゃあそうさ、全部オレっとこで引き受けてんだ。おかげで見ろよ、うちのババァ、すっかりくたびれて皺くちゃだ」
「ババァになりゃあ、皺くちゃになるってもんじゃないですか」
「まったくよ、お呼びでないお前さんは律儀に毎年くるが、お迎えのほうは待てど暮らせどなかなかきやしねえ」
どんなにうるさく言ったところで、空き家が埋まったのは他でも無い風流のおかげと言えなくも無いので、地主は深い溜息をついて、すごすごと帰ってゆくしかない。いっそ台風でも来て屋根のひとつも吹き飛ばされりゃあ出て行ってもくれるんだろうがね。そうなったら絶対に屋根の修理なんかしてやるもんかと地主は恨めし恨めし去ってゆく。
その背中に風流が声を掛ける。
「そんなに気を落とすな、また来年くりゃあいいじゃねぇか。なぁおい」
「アタシが化けて出たい気分です」

−第三話へ続く−
posted by 肉王 at 01:52| Comment(2) | 番付頂戴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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