2008年03月31日

盲約聖書 創世記3

近頃は思うように更新が出来なくて申し訳ない。俺としても非常にヤキモキしているのだけれど、こればっかりは仕方が無いです。
精神的に迷走している感もあり、経済的に困窮している感もあり、肉体的に老耄している感もあり、といったところ。

さて、前回はノアさんのところまででした。
ノアさんは3人の子供を残します。それが前回の最後の部分で触れた、セム・ハム・ヤペテです。聖書によると、大洪水の後、これらの3人から諸国の民が地上に分かれたとあります。だから、言ってみれば我々の直径の先祖ということでしょうか。
誰でも「ハァ?」という感じでしょうから、そこは「ハァ?」のままでいいと思います。何せ聖書というヤツは、根幹を否定してしまっては一歩も先に進めないようになっていますから、そこは流せ、としか言いようがありません。

DSCN9173.jpeg

オレ自身、毎週水曜日に彼女達と話をする際には、かなり慎重に言葉を選んでいます。
「神様が地球を創ったって?あり得ないじゃない」と言ってしまっては、話になりませんから。話を聖書に限定してしまうと、「例え話」にだって下世話な例を引くわけにはいかないのです。あちらはあちらの価値観で話してきますが、それに対してこちらがこちらの価値観で返してしまってはいつまで経っても平行線ですから、あくまでもあちらの価値観に則った上で理解を示したり異論を唱えたりするというわけです。
つまりオレの立ち位置としては、どうにかしてあちらの言い分を理解しようとする馬鹿、というところでしょうか。

DSCN9185.jpeg

話が横に逸れましたね。
聖書の記述と言うヤツは、極めて詳細に破綻の無いように書かれているんです。あまりに詳しすぎるというか、くど過ぎるというか。
例えば、誰それの子は何と言い、何歳まで生きて、その後何とかを生み、というようなことが、2ページにも3ページにも渡って続きます。一つ一つに意味があるとはとても思えないんですが、その詳細すぎる記述のおかげで、リアリズムが生まれていることも確かです。
だから、バベルの塔の話なんかも、僅か10数行程度の短い文章なのに、妙に人々の心に残ったりします。
元々短い話なのですが、それをさらに要約すると、以下のようになります。
元々世界の人々はひとつの言葉で喋っていたのだそうです。そのころ東の方から移動してきた人々が、シヌアルの土地に住み着き、町を作ります。
そうして、みんなでシンボルタワーを作ろうということになります。これがあれば、我々は全地に散らされない、という理屈です。
これを知ったエホバ氏がムカッとする。

DSCN9172.jpeg

「まったく、人間てヤツはオレのことなんだと思ってやがんのか。そもそも、あいつらがひとつの言葉で話してっからろくなことしやがらないんだ」

そう言って、人間の言葉を混乱させて、人々を蹴散らしてしまいます。
これがかの有名なバベルの塔の話です。まあ、エホバ氏のエゴがむき出しのエピソードとも言えるでしょう。

そもそもエホバ氏は、人間が知恵を持つのを嫌うんです。エホバ氏にとって、人間は永遠に自分の僕(しもべ)ですから、その僕が賢くなるのが恐怖なんでしょう。
とは言え、エホバ氏にとって人間というのは「契約の対象」ですから、まるっきりの馬鹿でも困るはずなんです。自分と契約するものがいて、初めて自分の存在も成り立つわけですから。
今さら言うのもなんですが、聖書における「旧約」とか「新約」の「約」とは、神様と人間の契約のことです。決して「旧い翻訳」とか「新しい翻訳」のことではありません。オレはずっとそういう風に勘違いしていましたが。

DSCN9182.jpeg

でまあ、エホバ氏はこれぞと思う人間を見つけては契約を持ちかけるんです。
「おねーちゃん、2万でどう?」というようなノリではありませんが、それでも豊田商事的な強引なやり方のような印象があります。
アダムとエバやノアたちの時には掛け捨ての傷害保険レベルの簡素な契約に過ぎませんが、そろそろエホバ氏は大ナタを振るってきます。
その最初の契約者はアブラムといい、エホバ氏と互角に渡り合おうとする猛者です。
posted by 肉王 at 02:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 盲約聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月21日

盲約聖書 創世記2

古事記や日本書紀が編纂された裏には、時の権力者(天皇)による政治的な意図がありますな。中国へ対するアピールであったり、国内での権威付けだったり。
似たようなところでは、中小企業の社長さんが、現役を退いた後に自分史を作ったりするのなんかあります。国家として、あるいは人として、それなりに成熟すると、家系的な「ありがたさ」を求めるものなのかもしれません。この成り上がり者め、と周囲に色眼鏡で見られるのが釈然としない。オレは偉いんだ、だからオレをありがたがれよ、と。
それは、ジャイアンが自分のコンサートのチケットをばら撒く感覚と近いかなあと思います。ただし、ジャイアンはまだ子供のクセに、自分が周囲にどう思われているかを良く知っていて、暴力に訴えて観客を集めたかと思えば、「みんなオレを怖がって、厭々来ているんだ」と泣いてみたりします。そういう意味では、ジャイアンは謙虚さをしっかりもった魅力的なガキ大将といえます。
聖書にせよ、古事記にせよ、社長の自分史にせよ、共通して鼻につくのは謙虚さの欠如です。もっとも、真に謙虚な人物であれば、自分の事を本にして残そうなんて思わないモンですが。

さて、ノアが500歳(!)になったころ、地上には人間が溢れかえっております。
それを見たエホバ氏は、どうもあまり機嫌がよろしくない。人間が増えると、様々な考えなんか出てきますから、いつまでも自分が中心でもいられない。
「結局、人間なんて馬鹿ばっかりだから、いつまでもオレのことなんか覚えてねーに決まってんだ。だったら人間の寿命なんか120年もありゃあ充分だ」
なんか突飛な考えのようですが、エホバ氏はもともとそういう性格です。

イメージ図
DSCN9087.jpeg

そうやって苦々しく人々の暮らしを眺めていると、さらに腹が立ってくるんでしょうな。とうとう生命絶滅計画を決意します。いちおうエホバ氏にも言い分があって、「人間はみんな悪いことばっか考えてっからさ、オレはもう後悔しちゃってるわけさ」というわけなんです。この辺りはまだ、アダムとエバの一件を引きずってるようにみえます。
だからって、「人類もろとも皆殺しじゃ」なんて、ちょっとエホバさん飛躍しすぎなんじゃないかとも思います。平成生まれのガキの思考です。

イメージ図
DSCN9091.jpeg

でも、ノアだけはエホバ氏のお気に入りなもんで、ノアとその家族だけは助けてやるというわけです。
「なあ、ノア。オレさ、地球上に大洪水を巻き起こして、生き物を絶滅させるから、お前らは舟作っておけよ」
「マジすか?」
「マジマジ」
「じゃ、マジで舟作るッス」
ノアはエホバ氏の言うとおり、方舟(記述では「箱舟」)を作ります。そのサイズは、全長300キュビト・幅50キュビト・高さ30キュビト・・・。おいおい、キュビトってなんやねん?1キュビトはグリコ何個分じゃい?オレらにも分かるように換算すると、全長132メートル・幅22メートル・高さ13.2メートル。グリコに換算すると・・・それは自分でやってくれ。すなわち、1キュビトは44センチ。
その舟に、ノアの家族(記述ではセム・ハム・ヤペテの3人の息子と妻の計4人のようなのだけれど、エホバの証人の彼女たちは8人だと言っていました。どっちが正しいのか分かりませんが、どっちでもいいやと思っています)と、地上のあらゆる生き物たちを2匹ずつ番(つがい)で乗せろと言うんですが、先のサイズを考えると、大分無理があると思いませんか。もしそれが本当なら、ノアの方舟は奴隷船の如き惨状です。
「じゃ、今からやっかんな。いいか?」
「Say Yes!」
ドッカーン。
大洪水が起こったとき、ノアは600歳。600歳かぁ・・・。
四十日四十夜、地上には大雨が降り続くんです。四十日四十夜というちょっきり感がなかなかナイスです。シンガポールの旅3泊4日みたいな気持ちの悪い時間割とは一線を画します。
この記述のとき、ノア以外の人間たちがどうしていたかという記述は一切ありません。映画的に考えると、逃げ惑ったり、ノアの方舟を取り囲む人々などが想像されますが、そんな記述は一切ナシ。ただ水がジャブジャブと溢れかえる記述のみに徹します。
こういう淡々としたモノの言い方が聖書の特徴のようなのですが、基本的に人間の心理描写というものがまったく書かれていません。時々、「エホバ氏がこう思った」ということは書かれますが、人間のそれはナシ。しかし、それは当たり前の事なんです。聖書というのは、歴史書のような扱いですから、そこに登場する人物がどう考えたかということを推し量る必要はありません。ただもう、こうだった、という事を書き記すことにのみ徹しなければ、うっかりしたことを書くと嘘がばれちゃう(失言か!?)。

さて、地上は水で溢れ、全てのものが流されてしまいます。科学的には無理なことだとしても、そうだと言われれば、そうかと納得しなければ話が前に進みませんよ。
40日間の大雨のせいで水の量は増え続け、とうとう天の下にある全ての山も隠れてしまいます。そんな量の水がどこから来るのか、なんてヤボは言いっこナシです。
その水が引くまでも、長い時間がかかります。地上の水がすっかり引いた頃、ノアは601歳になっておりましたとさ。ここでも、水がどこへ引いたのかなんて言わないことです。
そうしてエホバ氏が戻ってきて、ノアに言います。
「いやあ、ちょっとやり過ぎちゃったわいな。まさかこんなに、ねえ?いやマジで、こんなになるとは思わへんやん?でもな、そもそも人間が悪いし。まあ、やり過ぎは認めるよ。考えてみれば、人間って生まれつき悪いことばっか考えるように出来てるんだね。それが分かったから、もうこういうことはシマセン・・・」

イメージ図
DSCN9088.jpeg

エホバ氏の、一応反省はしつつも自分の非は脇に置いて、結局人間に責任を転嫁するやり方は、この後も変わりません。
そもそもこの大洪水の必要性を考えるに、どうやら証拠隠滅なのではないかと思います。
この世は全てエホバ氏が創ったと、ノッケから大風呂敷を広げたわけだけれど、後の世で「じゃあ証拠を見せてみろ」と問い詰められたときに、「いや、大洪水で全部流されましたから」という言い訳をするためのね。
「あんた、脱税してるだろ。帳簿全部見せなさい」
「いや、洪水で無くなった」
こういう状況だと、勝った、とは言えなくとも、負けることも無いわけですよ。
「オンドレ、代紋賭けて勝負じゃい」
「吐いた唾飲みなさんなよ」
こういう切羽詰った勝負で負けたとしても、卓をひっくり返してしまえばノーカウントにはなる。
「なにさらすんじゃワレ!」
「オドレが勝ったちゅう証拠がどこにあるかい!」
「この卑怯者が!」
「ゲハハ。ワシは桜道会の藤木じゃーい。卑怯はワシの勲章じゃ」

イメージ図
DSCN9159.jpeg

話が横に逸れました。
エホバ氏は気を取り直して言います。
「生めよ増やせよ」
何を今さらって感じですがエホバ氏はご機嫌です。
「ささ、ノア。契約しましょうよ。わたしゃ、ずっとあんたの味方だよ」
これに対してノアは一切言葉を発していません。開いた口がふさがらなかったのかと想像します。

イメージ図
DSCN9081.jpeg

ノアもノアで結構出鱈目なヤツというか、気ままなヤツですから、エホバ氏のことをどうこう言う資格があるとも思えません。
聖書におけるノアに関する具体的な記述はただの一箇所で、大洪水の後、ノアは息子たちとともにブドウ畑を作る農夫になります。
ある日、ノアはぶどう酒を飲んで酔っ払い、天幕(テントですね)の中で全裸で不貞寝しています。それを見つけた息子のハムが、他の兄弟に、「オヤジが酔っ払ってフルチンになっとる。なんか服着せてやれ」と指示します。すると、セムとヤペテがオヤジのマッパなんぞ見たくありませんから、後ろ向きになってオヤジのマッパ(むしろチンコを)を見ないようにして着物をかけてやります。するとノアは、それが気に入らないといってごね始めるんですよ。酔っ払いには良くあることです。酔っているから、ナニが気に障るかなんて分かったもんじゃない。そこでノアは、ハムの息子のカナンに八つ当たりをします。
「あんだおめだづ。おれのごどばがにすてこの。ハムは大体むがすがらおれのごどばがぬすてらんだな。おめのむすこ(カナン)なんかのろわれろでば。セムはいんだセムは。ヤペテもいんだ。んだげっとカナンばゆるさねがんな。神様さいってカナンば奴隷にすてもらうがんなっこの!」
まあ、敢えて翻訳をすると、以下の通りです。
「なんだお前たちは。私をバカにしているのか。ハムは前から父である私をバカにしていただろう。お前の息子のカナンなど、呪われてしまえ。セムはいいよ。ヤペテもいい。けれどカナンは許さない。神様に言いつけて、カナンはみんなの奴隷にしてもらうようにするからな」

イメージ図
DSCN9074.jpeg

酔っ払いの理屈は意味が分かりませんが、ノアはこのエピソードを残して、聖書から消えていきます。
大洪水の後350年も行き続け、950歳まで生きたそうです。
人間の寿命を120年にするといったエホバ氏の言葉は一体なんだったんでしょうか。
というところで、ノアの方舟の件は終了です。
また次回。
posted by 肉王 at 02:32| Comment(3) | 盲約聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月14日

盲約聖書 創世記1

聖書の話をする前に、ジャイアンの話をしよう。
ジャイアンとは、今さら説明する必要も無いだろうけれど、漫画ドラえもんに出て来る名脇役のことだ。いじめっ子の悪ガキだが、一方でちゃんと男気や責任感を重く受け止める姿勢も見せたりする。基本的に暴君として描かれることが多いが、裏の性格として乙女趣味があったりもする。これが実在の人間だったら、分裂している、と診断されるかもしれないけれど、そこは漫画だから笑いの種にしかならない。

旧約聖書の主人公は、エホバである。みんながカミサマカミサマと呼んでいるのは、このエホバのことだ。信者であれば、主とか神とか呼ぶところだが、オレは信者ではないから適当な距離感を持って呼ばなければならない。
そこで、以後「エホバ氏」と呼ぶことにする。

さて。エホバ氏は突然現れて、天地を創る。どこに創ったのかは明記されていないが、多分この地球上に創ったと考えるべきだろう。では、地球は誰が創ったのかというと、それはまったく明記されていない。そもそも、エホバ氏が誰に創られてどこから来たのかすら書かれていない。エホバ氏が創ったから地球があるのだと考えると、エホバ氏がどこから来たのか問題になるし、エホバ氏が地球に天地を創ったと文面通り受け取ると、最初の地球は誰が創ったのかと聞きたくなる。そこいら辺は混沌と考えるのが正解なのかもしれないが、だとしたら聖書は最初からコケていることになる。

それでもエホバ氏はやおら天地を創って、「光りあれ」などと言いつつ、オラオラーと突貫工事的に次々と自然を創り上げてゆき、最後に人間を創った。ただ、このところの記述が少し前後するので、本当に最後なのかどうかがややこしい。しかしまあ、一般的に人間は最後だと言われているので、それでいいと思う。

人間(アダムとエバ)はエデンを与えられて、男女とも全裸でそこに住む。男と女が全裸で暮らしているというデキアガリの状態であるにもかかわらず、残念ながら知恵を与えられていなかったために、エッチなDVD60分モノ的なことにはならない。
何せエホバ氏は「善悪の知識の木の実は食うなよ。喰ったら死ぬかんな」と釘を刺している。エホバ氏は、これに限らず、何かの折には必ず「みんな殺すからな」とか「死をもって贖(あがな)わせるかんな、オウ」とか言うんだね。

にわかには信じてもらえないかもしれないけれど、ホントなんだよ。

さてさて、エデンの園で暮らしているアダムとエバの元へ、一匹の蛇がニョロリンと現れます。どうやらこのスネイクが後に語られるサタンのことらしいのですが、この段階ではそんなことは微塵も語られていない。
蛇が言う。
「おうエバ、神様に園の木の実は食って駄目だって言われたのか」
エバが答える。
「ちゃうねん。どの木の実も食うてええねん。せやけど、あの真ん中のはあかんねん。食うと死んでまうねん」
「えー?あれ喰っても死なないよ。あれは喰うと賢くなるの」
「そうなん?ほなら食うてみるわ。アダム、アンタも食べ」
で、喰ってまったら知恵がついて、お互い全裸なのが恥ずかしくなってしまった。
「あ、やっべ。チンコ丸出しじゃん。マッジやっべ」
そこへ現れたエホバ氏。
「あ、おまーら、あの木の実喰ったな」
「つーか、それどころじゃなくて、チンコチンコ。葉っぱ葉っぱ」
「ウチの黒ハート黒ハート黒ハートも隠さなアカンて」
エホバ氏は怒ってしまうんだね。約束を破った人間と、そそのかした蛇に罰を食わせる。
「まず蛇。お前はこの世の生き物の中で最低ランクにしてやっかんな。あと、女。オメーはあれだ、出産のときに苦しむようにしてやっかんな。んで、男。オメーは一生額に汗して働かねーと食いモン手に入れられなくなれ!そんで死ね。あとな、すぐこの園から出てけ!オレの部屋から出て行けー!ついでに東京の芸人全員死ね!」
まあ、この辺のキレ方は焼肉屋で儲かる前のタムケンっぽいですな。

基本的にエホバ氏は、賢い人間が嫌いなんだね。この後も、ことあるごとに知恵のついた人間を殺しまくることになるわけですよ。
でまあ、本来は寿命のなかった人間だったけれど、エホバ氏の怒りに触れてしまったせいで、人間は死ぬようになったと、かようなわけでござるよ。
エホバ氏は今時の子供よりキレやすいから、気をつけなくっちゃいけません。
エデンの園から追い出されたアダムとエバは、カインとアベルという二人の子供を生みます。
不思議なのは、ここにもまだエホバ氏が顔を出すこと。人間なんてクソッタレだと思っているけれど、人間がいないと自分の存在意味が無くなるから、まあ仕方ありませんよね。
ここでエホバ氏は、カインよりもアベルの方を贔屓する。何でそうなるかというと、アベルの方がはしっこいというか、おねだり上手だから。で、カインはそういうアベルに嫉妬して、叩き殺しちゃう。

それを察したエホバ氏は、カインを土地から追い出す。追われたカインは他所にエノクという町を建てる。
この辺りまでが、創世記のおおよそ三分の一。この後、かの有名なノアが出てきて、話が大きく動くんですよ。ノアは、アダムから数えて九代目の人物。ちなみにアダムの享年は930歳。死ねって言われた割には長命でしたなあ。

とまあ、こんな感じで今後も書いてみようかと思うんだけれど、読んでいて辛いでしょ。書いているほうも、結構辛い。最後まで辿り着けるかどうか、大いに不安。でも、このあとのエホバ氏のジャイアンっぷりがまた面白いんで、もう少し我慢してくださいよ。モーセ(モーゼ)との絡みは、これまで我々が薄っすらと知っていた内容を大きく裏切るもので、必見ですぜ。
posted by 肉王 at 18:37| Comment(7) | 盲約聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。