2008年05月14日

事件の陰に古本屋あり

昨日(13日)の夜、泉区黒松のペンギン村(同業者)へ雑誌の仕入れに行った。
いつもは雑誌と雑談以外には特に「なんだ!」ってこともないのだけれど、昨夜は違いましたねぇ。
着いてまもなく、店の向かいのマンションで火事ですよ。消防車とパトカーと野次馬で大騒ぎさ。火事自体は小さいもので、すぐに消し止められたんですけれども、どうやら放火らしいってことで、みんな「おぉ〜」ってもんです。
実は、ペンギン村へ入る直前に近所の自販機で飲み物を買ったんですけれど、その時に45歳くらいのおじさんに「こんばんわ」と話しかけられていて、それが変にハイテンションな人だったんで、「あいつが怪しいんじゃないか」なんて思ってしまいましたよ。
そのことを現場の警察官に話そうかとも思ったんですけれど、勘違いだったらよろしくないし、なにより「お前が犯人じゃないのか?ええ?おう」と言われそうだったので、やめておきました。
まあ、例えおじさんがビンゴだったとしても、次に火を放たれるのは店先にダンボールなどを無造作に置いているペンギン村でしょうし、それが延焼したとしても、泉区から若林区までは燃え広がらないでしょうしね。
今までワタクシは自ら手を下すことなく数々の古本屋を廃業に追い込んできましたけれど、今度ばかりはちょっと荒っぽいことになりそうですよ。店舗焼失に店主が焼死か・・・。いくらなんでも人死にはまずいよねぇ・・・。
ひょっとして、本気で情報提供しなくちゃいけないのかもしれませんが、まあ、もう一件か二件くらいは様子を見てみましょうか。せめて、あの辺のダンボールがボワッとなるまで待ってみましょう。
posted by 肉王 at 19:53| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月06日

盲約聖書 番外編1

いやもう、どうしようもないですな。
何が?ってもう、様々ですがな。
ガソリンの極端な値上がりは国を滅ぼしまっせ。人の上に立つ人間なんて、庶民のことなど想像もしないんでしょうな。
政治家の皆さんは、何故に国民から税金を巻き上げることばかりに腐心しているんでしょうか。本来だったら、どうやったら安く油を輸入できるかを考えるのが政治家であり、役人なんじゃないんですかね。政治家や役人に、その辺の発想ってあるんでしょうか。多分無いんでしょうね。
そう考えると、この世に正義はあるのか、なんて叫んでしまいますよ。40歳だけれど。
では、この世の正義とは何でしょうか。
法律を守ることですか?なるほど、社会では法律を正しく守ることも正義とされておりますが、その正義の法律を作ったのは誰なんでしょうね。国会議員ですよね。じゃあ、その国会議員を全然尊敬できないのは何故なんでしょうな。ああいう人たちの作った法律を守ることが、果たして本当に正義なんでしょうかね。
こういう子供っぽい疑問と向き合うことも時には必要で、もしも今までの人生で一度もこんなことを考えたことが無いとしたら、それはただの豚野郎だとしか言い様が無いですよね。
でまあ、そういう豚野郎のためにあるのが宗教というわけです。
豚野郎はとにかく与えられたものに疑問を持ちませんからね。法律なんか、誰がどういう理由で作ったかなんて考えもしないで、ただ一心に妄信するんですから、扱いやすいったらない。
仮に一面だけ見てみましょうか。
新しい法律が出来ると、それを運用するために公益法人なんかできちゃいますね。その法人にはジャブジャブと税金が投入されて、その税金を美味しく食べるのが天下りの皆様方という側面がありますよね。
こういう構図は誰だって許せないんですが、でもその一方で法律は正しいと信じているのが多くの人々で、そういう人たちが実は国家にとってはとてもありがたい上客なんですな。
自分はスグレモノだ、デキルヤツだ、と信じているくせに、肝心なところはメチャクチャに喰われていたりガスガスと蹴りを入れられているのに気がつかない。国家は、エエもう貴方様の仰るとおりでゴザーマスとひれ伏しながら、ガスガス蹴る。

別にこれはエホバ氏に限ったことじゃないんですが、多くの民衆を従わせようと思ったら、まずは徹底的に締め上げるんです。
で、民衆が苦しんだら、何故苦しいのかを説明する。
「キミらはあれよ、罪深いのよ。だから今は苦しいけれど、なーに、オレの言うことを聞いてれば、そのうち幸せになれっから」
改革には痛みが伴うものだと言った元総理大臣がいましたよね。でも、エホバ氏も元総理も、自分だけは全然痛みが無いのね。
一方、民衆は基本的に豚野郎だから、理由を説明されると、ああそっか、と納得しちゃう。もうね、そもそも何で罪深いのかという疑問が無いのが豚野郎の致命傷ですよ。国の膨大な借金を返すための改革っていうけれど、じゃあ誰が何のためにそんな借金作ったのってことでしょう。まあ、国の話はもういいやね。
エホバ氏は傲慢だから、オレに疑問を持つな、てなことを平気で言います。
今、盲約聖書は「創世記」で止まっていますが、この後は「出エジプト記」といって、かの有名なモーセ(モーゼ)が出て来ます。このモーセという人はまた損な役どころの人で、まあ苦労が耐えない。会社で言うところの中間管理職です。そうだなあ、まあワンマン社長とバカ社員の間に挟まった、真面目さだけがとりえの課長といったところかな。
エホバ氏は、民衆とサシでやりあうのが厭だから、間にモーセをおいて、何をするでもモーセ経由にしちゃう。民衆はモーセのせいで、今まではすぐそこに見えていた神様の姿が少し遠くになっちゃったんで、しょっちゅうタガが緩むようになっちゃう。だもんで、エホバ氏と民衆が、モーセを挟んで何だかんだと悶着を起こす。
エホバ氏は、もうタマランから、法律を作って民衆を縛り付ける。あれすんなこれすんな、あれがしたいときにはこうしろああしろ・・・。まあ、小うるさいこと小うるさいこと。何十ページもそんな調子だから、読んでいて厭になるっすよ。まあ、我慢して読んでるけど。
でも、今も昔も、人を統べるやり方って同じなんだなあと思いますよ。それは、人間の本質は何千年経とうとも変わっていないということであり、その本質をねちっこく正確に書いたから、聖書は真実味がでているんだろうな。もっとも、真実味がでているからと言って、即ありがたいとか、正しいものだとは思わないけれど。

では、また。
posted by 肉王 at 02:49| Comment(2) | 盲約聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月01日

恋をしないかね

春というには遅すぎるけれど、なんかこう、この季節になると人恋しくなるのはオレだけか。
男も40歳になると恋をするにも時間制でカネがかかるような気がする。

お客さん、あと10分残ってるケド・・・。

違う、そんなのは恋じゃない。「みんなアタシに愛に恋」とかいういかがわしいチラシの誘惑だ。そうでなくてさ、もっとこう、青春の香りのする恋がしたいとは思わないか。あの若かりし頃の、突っ張って背伸びして、それでももう不安が一杯の恋。思い出しただけでぐっと来るね。

あらもう、こんなにビンビンなってるじゃない・・・。

それも違う。違うだろ、おい。こういうことばっかり言うから恋が遠ざかっているような気がするよ。
まあ、どうでもいいか。
posted by 肉王 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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