2008年10月27日

傘でスクイズ

10月23日、健康診断に行った。
引き続き10月24日、胃ガン検診に行った。
24日は朝から土砂降り。
検診の場は六郷市民センターと言う。
勿論、市民ともセンターとも名ばかりの公民館である。
もっと言うと、語感的にはコーミンカンである。健康診断のたびに赴くが、いつだってジジイとババアしかいない。そんなコーミンカンに、見目麗しい古本屋が似合おう筈がないのであるが、場所を指定されてしまえばキムタクだってショーケンだってコーミンカンに来ないわけにはいかないのだ。

案内状には「当日は車で来るな」と書いてあり、馬鹿正直なオレはあの土砂降りの中、卸したての綺麗な柄の傘を差して自転車で出かけていった(違法)。車で行けばわずか5分の距離でも、自転車でしかも傘付きとなると容易ではない。到着するころには、いい塩梅で濡れてしまっていた。

検診そのものは、バリウム飲んでくるくる回ってパシャパシャやられて終わりなのだが、事態は検診直後に急変した。
・・・傘が無え。
都会では自殺する若者が増えていると今朝の新聞に書いてあったけれど問題は今日の雨、傘がない。と、井上陽水が名曲をモノにしているが、事態は名曲の域をはるかに超えている。
外は相変わらずの土砂降りだ。
横から降っているのか下から降っているのかさえ分らないほどだ。
会場にはジジイとババアばかりだからと油断していたが、考えてみればここは仙台市若林区の六郷地区だ。老若男女を問わず、他人の物はオレの物、オレの物はオレの物というジャイアン式律法が根付いている。そんな土地で行儀よく傘立てを利用したオレが悪いとしか言いようがない。
豪雨の中を泳ぐようにして近所のコンビニに立ち寄り、ビニール傘を購入したが、時すでに遅く、オレは全身濡れ鼠と相成った。

店に到着すると、まだ午前11時。開店まではまだ2時間ほど猶予がある。
シャツを脱ぎ、ズボンを脱いだところで、やはりパンツも濡れている事に気が付いた。履きっぱなしでも乾くだろうが、やはり脱いでエアコンの前に干した方が乾きが早いだろうということで、これもきっぱり脱ぎ捨てる。
かくして41歳全裸のデキアガリだ。
開店前の店だからこのままでもいいのだけれど、季節的に考えてデキアガったままでは危険である。
幸いグランドコート(サッカーの選手がグラウンドでよく着ているやつ)が常備されているので、早速それを着込む。
暖かい。
暖かいけれど、コートの下はデキアガリなので、心細いったらありゃしない。
下のモノも、突然世間の風にさらされて驚いているようだ。
え?なに?なんなの?なんでこんなに無防備なの?
傘一本でここまでの目に遭うのも、間が悪いったらないんだけれど、50年の人生の中ではこんなこともあるだろう。今はただ耐えるんだ。少し揉んでやるから、な?
そうしてやや落ち着くと、今度はこの状況がひどく面白く思えてきた。
裸コート。
変質者などがよくやるアレ。
そんな気は無いとはいえ、今同じ格好でいる自分。
せっかくだから、何かやってみようか。
お、そういえば、バリウムを早く体外に放出するために下剤を貰ったな。これを飲んで、水分をたくさん取らなくちゃいけないんだった。
じゃあ、このままの格好で、自販機に飲み物を買いに行こうか・・・。
些細ないたずら心で、ちょっと外へ出る。
すると、雨を含んだ冷たい風がコートのすそから強烈に吹き上げてきた。
アアーーーッス!!!
無理無理。無理です。
男性器の一部であるニコタマ袋は熱を放出するためにぶら下がっているのだけれど、こうまで一気に熱を奪われては精子に係わる。
強烈なアッパーカットをお見舞いされたニコタマ袋が酷く怯えているのがよく分る。
すぐさま諦めて、コーヒーメーカーでたくさんコーヒーを作った。
してみると女性ってのは、真冬でもスカートなんか穿いて寒くないのか。あるいはやっぱり寒さも感じないほど鈍感なのか。女性の熱放射は一体どうなっているのか。

一時間もすると、薄い布のパンツがほとんど乾いていた。
オレとしては、いつまでもこうしていたい気もするけれど、41歳にもなると、そうそうデキアガリのままでもいられないし、熱放射機能もそろそろ限界の様子だ。
とりあえずパンツを穿き、引き続きシャツとズボンが乾くのを待つ。
と、ここで体に少異変。
腹がキョロロロと鳴って、下剤が順調に浸透しているサインが発せられた。
ほほう、エンドランレベルだな(まだ序盤)。
これが送りバントレベルになると中盤で、単独スチールだと第一の山場と言ったところか。
下剤なんて飲んだことが無いから、その効能については未知の話。
恐らく一回二回シャーっと出るレベルだろう。
万が一営業中にもよおしたとしても、そんなに大したことでもあるまい、と高をくくっていた。
だからこんなものは、2錠飲んでも4錠飲んでも一緒。
と思ったのが大間違い。
やーもう、アレデスヨ。
スクイズ!
何が何でも一点取りに行く緊急事態作戦。
スクイズスクイズスクイズ。
ランナーがいなくなってもスクイズ。
翌日夜までスクイズ。
食べた先からスクイズ。
みんなも、傘の盗難と下剤には気をつけろ。
posted by 肉王 at 21:51| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月17日

将来が来た

自殺の話が多いこのブログ。
別に自殺を奨励しているわけでもないけれど、かといって無闇に思いとどまらせる事もしない。
オレは奇麗事が嫌いだから、思った事に毒を少々混ぜて話をすることが多い。それでも西洋かぶれの連中のように、意味も無くただ生きろとは言わないだけマシなんじゃないかと思っている。
そのせいかどうか、メールやコメント欄に相談事が時々寄せられる。受けた相談には全て全身全霊で応えるようにしているが、結果的には誰の役にも立っていないようだ。
まあそれは仕方の無いことだし、それでこちらが無力感にさいなまれることもあまり無い。
ただ、時折ぐっと来るのは、「死ぬのをやめたら1年後にまたメールします」と書いて来ながらも、1年経っても何の連絡ももらえないこと。だからと言って、こちらから「生きてるか」と連絡するのも憚られるので、少し気にしながらも放置している。
中にはやっぱり死んでしまったやつもいるだろうし、逆に目が醒めてこちらのことなど忘れているのもいるだろう。
死ななきゃそれでいいとも思うし、死んでなきゃ、「おい!あの決意は嘘だったのか」と突っ込みたくもなる。
しかし、一番悲しいのは、これらのことがオレの本業とは全く連結してこないこと。
いまさら言うのも恥ずかしいけれど、オレは古本屋なので、自殺指南よりも大事な事がある。分りやすく言うと、本当に死にたいのは売れ行き不振の店を抱えたこちらの方だということだ。
相談するならカネをくれ、とは全く思わないけれど、せっかくAmazonマーケットプレイスのリンクを張っているのだから、こっそり一冊くらい買ってくれてもいいじゃないかと思うこともある。
しかし、よく考えたら、オレもこのブログの中で古本屋的アピールをしていないのだから、誰も気が付かなくて当然なのかもしれない。ひょっとすると、今この瞬間に「あ、こいつ古本屋なの?」と気付いた人もいるかもしれない。
改めて言っておくが、オレは古本屋だ。
屋号は「JAILHOUSE BOOK」だ。
それだけ覚えといてくれ。

さて、誰にでも心当たりはあるだろうけれど、子供の頃に親から「将来のために勉強しろ」とよく言われた。
初めのうちは、将来って何だ、と聞き返すと、それは中学校だと教えられた。
中学生になってもやはり同じく「将来のために勉強しろ」と言われたので、もう将来に到着しているんじゃないかと口答えすると、バカヤロウ、本番は高校だと言われた。
それで高校生になったらなったでやはりまた「将来のために」と言われる。
その頃にはもう、これはオレに勉強させるための詭弁に過ぎないと気が付いているので、余計な口答えはしなくなった。
何せそのくらいの歳になると、自分でも己の将来についてぼんやりと考えることもあるから、いちいち将来って何だとは言わない。
しかし。
しかしだ。
二十歳になっても将来について周囲から意見され、三十路になっても諭されて、そのたびにこちらもいちいち将来に不安を抱き続けてきたのだが、じゃあその将来って一体全体いつ来るんだ、という疑問が生じてきた。
周りを見ると、誰も彼もが将来将来と言っていて、それはもう誰に聞くまでも無く、余計なことを考えるまでも無く、ただもう将来なのだと妄信しているように思えるのは、オレだけなのだろうか。
試しに、同年代のヤツに、「将来どうしたい」と聞いてみたら、普通に暮らしたいという答えが返ってきた。
じゃああんたは今、普通に暮らしていないのかと聞いたら、もっと何の不安も無く暮らすのが普通の暮らしなのだと答えてきた。
まったくもう全然意味が分らないので、それ以上は聞かなかった。
世間では、50歳の人間も60歳の人間も、やはり同じように将来を考えていて、お前等一体どんだけ将来を遠くに置いてるんだと思わずにはいられない。
年金を貰っている老人も、将来に備えて貯蓄をしているし、90歳になっても将来ひ孫が出来た時のことを平然とのたまうのだ。
キミ等はどっかで区切りをつけて来なかったのか?と聞きたいのだが、多分まともな答えは返ってこないだろうから看過する。
いつだって誰だって、将来は不安なものだ。
来るか来ないか分らないし、仮に来たとしてもそれに気が付くかどうかも自信が無い。
そもそも将来と言うヤツはいつだって実体が無いから、自分でそれなりに納得するか、瞬間的に実感する機会に恵まれるような幸運を待つしかない。
親の言う将来は、今現在を犠牲にしなければ辿り着けないものとして語られるし、世間の言う将来は今の社会を滞りなく存続させた結果として語られる。今生きている人は全員同じ瞬間を生きているわけだから、個人を犠牲にしてそれと同時に社会を存続させるなど出来るわけが無いのに。
だが、それが社会の基準としてまかり通っていて、オレを含めた多くの人間に心細い思いをさせているのだ。
だからと言って、社会を犠牲にしてでも個人を存続させるという理屈にはならないのだが、そこがまた不安を増徴させる所以でもあるのだ。

オレもそうだったが、多くの人は、子供の頃に漠然とした将来に不安を覚え、その時に初めて死を考えるのではなかろうか。
将来の先には必ず死が待っている。子供の頃、そんな風に考えたことがあるだろう。もしも明日死んでしまえば、その直前が自分の将来だったと言うことになるんだろうな、と。
でも、将来と言うのは、そんなに曖昧なものなのだろうか。
オレは今、嬉しハズカシの41歳だけれど、昔から親や周囲に言われていたような将来には辿り着いていない様な気がしている。むしろどこかで道を失い、将来の無い方向へ歩いてきてしまったような気がする。
しかしそれは、あくまでも親や周囲がオレに求めた将来であって、オレが憧れた将来というやつとは別のものなのだ。
今現在のオレ自身が、昔のオレが歩いてきた結果の将来であり、また更なる将来への礎なのだと考えると、日々是将来という考え方が出来るじゃないか。
昔、何もしなくても今が将来。
今、何かをしてもいつか将来。
だからオレ、今、将来真っ盛り。

社会基準での将来は、それに乗っかりたい人だけが乗ればいい話であって、オレはオレ基準で将来を満喫中だ。
貧乏だし、体もおかしくなってきた部分が増えたし、自慢の美貌も衰えた。
それでもあの頃、オレを不安に追い込んでやまなかった社会基準から、片足程度ははみ出す事が出来た。
片足でも出してしまえば、もうオレのものだ。
はみ出た足の裏には、確実に生の実感がある。続きを読む
posted by 肉王 at 03:48| Comment(10) | 自殺教室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月02日

不本意でゴザイマスよ

腹が減っているけれど、飯を食いに行くカネも無いので、もう一本サービスだ。

今まで何度も書いているが、この歳まで独身でいると、お客さんから「何故結婚しないのか」と聞かれることがある。
「ちくしょう、前にも言っただろ!」
とは決して言わずに、にっこり笑って「もてないからですよ」と答えることにしている。
では、どんな女性が好みなのかと聞かれることもある。
どんなって言っても、どうもこうもないのであって、答えようが無い。
世の中の男は、「やれ美人がいい」とか「巨乳」がいいとか言いがちだが、では本当に美人や巨乳がいいと心底思っているのかというと、実際にはそうでもない。
だって、街を歩くカップルや夫婦を見てみろ。
「あれ?君は美人が良かったんじゃなかったの?」とか、「巨乳じゃなきゃダメだったんじゃないの?」と突っ込みまくりたくなるほどの状況じゃないか。
疑問に思うなら、君の隣でテレビを見ている妻や恋人を見てみるがいい。それがキミの理想だったのかい?ん?どうなんだ?ええおい!どうなってんだ社長ー!
な?立派に不本意だろ?
もう、二の句がつげないほど不本意でゴザイマスだろう?
ま、そういうもんだって。
そういうもんなんだって。
相手なんて、その場の雰囲気や酒の勢いで選んじゃうもんだよ。
スキー場で出会っちゃったとか、三軒目のバーで隣り合わせちゃったとかさ。
その点、オレなんか偉い。今まで独身だったことが一番偉いけれど、そもそも女性を選ぶ基準が偉い。
「前半分は判断基準に入れない」
もう、この一点ですよ。もう、後姿でしか判断しない。後ろ半分だけ。魚でも選んでんのかってくらいですよ。
だって、女性の前側って判断を鈍らせる要因が沢山あるじゃないか。
いくら性格が気に入ったって、価値観が共通だって(オレとしては少し違う方がいいんだけれど)、料理が上手くたって、テクニックが優れていたって(何の?)、前半分(まえはんぶん)を見た途端に「でもなあ・・・」となってしまうことがあるだろ。
また、その逆もあるよ。
前半分に騙されて、中身が最悪なのにフラフラとなってしまうってやつだ。
だからオレは、前面は全て却下して、後姿だけしか見ない。
おおよそ人間ってヤツは、後姿にイロイロ出るよね。
性格と後姿だけが良ければ、それで百点満点。
その上で、偶然前半分も良かったら、ちょっと儲かった程度にしか考えない。

まあ、それでも敢えてその他の条件を挙げるとすると、お金持ちがイイデスカね。
なんかもう、それだけも充分って感じもしますがね。

「あなた、朝ですよ。一万円差し上げますからそろそろ起きて下さいな」
「ああ、もう朝か。オレは朝が好きだな。だって起きるとキミに会えるカラサ」
「いやですよ、あなたったら。三万円差し上げますから馬鹿なこと言わないでくださいな」
「ハッハッハ」
「さあさあ、二万円差し上げますから、早く朝食を採ってくださいな。お店に遅れますよ」
「おや、今日のご飯も美味しそうだね。オレは幸せもんダネ」
「もう、これ以上褒めたって五万円以上出ませんからね」
「ああ、今日はもう店になんか行きたくないな。こうしてずっとキミのそばにイタイナア」
「そんなこと言ってちゃ、子供たちに笑われますよ。さ、いってらっしゃい。あ、そうそう、1万円差し上げますから、ついでにゴミを出して行ってくださいな」

こういうの、あこがれるじゃない。
ヒジョーに憧れるじゃない!?
間違ってるか?
posted by 肉王 at 02:34| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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