2009年12月30日

ピピルマピピルマプリリンパ パパレホパパレホドリミンパ

やあどうも。

どうやら今年はこれで最後になりそうです。
くれぐれも、今年のこれで最後というわけではないので、その辺のニュアンスは誤解無きようよろしく頼むよ。
といいながらも、果たしてあと何回続けられるのかということになると、そこら辺のニュアンスもかなり微妙な今日この頃だよ。

さてさて。
キミタチは「フォッサマグナ」という単語を覚えているか。
多分、中学生か高校生の地理の時間に習ったと思うのだけれど、静岡県付近にある、得体の知れないゾーンのことだよ。得体が知れないというのは、何もムー的なアレじゃなくて、オレの一方的な学力的問題で、具体的なことが良く分っていないだけのことだ。ちゃんと勉強していたキミタチならば、「ああ、フォッサマグナねアレは・・・」と説明できることだろう。
で、そのフォッサだが、最近読んだムー的な本でたびたび語られたので印象に残ったわけよ。
「これきっと、いつかギャグっぽいので使えるかもしれない」
そう目論んで、是非覚えておこうと思ったのだけれど、これがもう全然覚えられない。一日はおろか、五分と覚えていられない。お経のように何度も唱えてみたし、紙にも書いたけれど覚えられない。
こうなると、情けないと思うよりも医学的な恐怖を感じるわけですよ。
「脳がどうにか・・・いや、脳に何かが・・・はたまた脳に誰かが・・・いやいやいや待て待て待て」
布団に入って「フォッサマグナ」と呟く。よし、もう覚えたかな。じゃあちょっと本でも読んで寝るか。あれ?なんだっけ?マンドラゴラじゃないしファブリーズじゃないしフェルナンデスでもないしドグラマグラ・・・に近いよな・・・フィッツジェラルド的な感じでもありホットモットな語感でファラフォーセットのようなさわやかさが有りもっちりとして濃厚な香り・・・。
そういう思考の迷宮回廊にあっという間に迷い込んでしまう状態が、もう一週間も続いてしまっている。
今こうして書きながらも、もう忘れている。
そもそも、日頃フォッサマグナとは縁もゆかりも無い生活を送っているから、フォッサを実感として覚えることができないのだ。
これがもし仕事か何かで毎日フォッサマグナと接しているとなれば話は別だろう。
「今日のフォッサマグナは美味しかった」とか「今日のフォッサマグナは終了しました」とか「もう少し右よりのフォッサマグナが望ましい」などと専門家的に日常用語としてなじんでいれば、こんなことにはならないのだろう。
ましてや、もう何十年もフォッサマグナの上に住んでいる人たちならば、きっと毎日フォッサマグナの事を考えながら生活しているだろうし、新聞やテレビなどで最新のフォッサマグナ情報に触れていることだろうから、親の顔を忘れることはあってもフォッサマグナを忘れることなどありえないのだろうと思う。
ただ、そういう条件的不利を考慮したとしても、オレの覚えの悪さは異常だと思う。今ではもう、夏目漱石の千円札の顔すら思い出せないくらいなのだ(水木しげるの絵だったことは覚えている)。
今日、ここで厭というほどフォッサマグナと書いたので、多分もう覚えることができたんじゃないかと期待しているが、今度は新たにキミタチが明日までフォッサマグナを覚えていられるのかが心配になってきた。
覚えていられるか、フォッサ・・・。
もし忘れたら、正直に「駄目だったごめんなさい」と書き込むこと。
もしも元日にころりと忘れて、正月早々モワーンとした感じで過ごす羽目になってもオレは責任を取らない。
ファルケンボーグでもないしフロントホックでもないしホビージャパンでもないしホールアンドオーツでもないしホルモンでもないからね。

と言うわけで、話はがらりと変わりますが、著名人が死ぬと「巨星堕つ・・・」などといいますね。
今年はオレにとっては巨星だった忌野清志郎が死んじゃって、ガッカリでしたよ。まああの人は人気がありましたからね。ガッカリしてるのはオレだけじゃないでしょう。
それでまあ「巨星」というからには、やはり大物であるべきなのでしょうが、じゃあ忌野清志郎が大物だったのかというと、ずっと身近に感じていたオレには、あまり大物感の無かった人ではありました。
よく考えてみると、ただの大物だけじゃ駄目なのであって、人気やカリスマ性なども併せ持っていないことには「巨星」とは言われないのでしょうね。
だからいかに大物とはいえ、志村けんとか小沢一郎とか川村光貴などが死んでも、人気はあるけどカリスマ性が無いとかカリスマ性はあるけど人気が無いとか、そもそも人気もカリスマ性も無いなどの理由で「巨星堕つ」とは書かれないのだろうと思います。
自分でよく「オレは大物だからな」と言っている大橋さんですら、死ねばきっと「巨泉乙」などとニコニコ動画か2ちゃんねる的に言われてしまうのでしょう。
やはり人間は生きている間に何かを残さなければいけません。
というわけでオレは、2010年度向けの年賀状を出すことに決めたのですが、12月29日の段階でまだ未着手です。
もしこれを30日中にスパッと完成させることができれば、一つの伝説を残したことになるでしょう。
これでいつ死んでも「巨星乙」ということになるだろうと思っています。
だからまあ、来年もよろしく。
あと、前述のアレはまだ覚えてますか。
フェナリナーサじゃないですよ。
posted by 肉王 at 01:53| Comment(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月23日

DSCN3144.JPG

働けど(中略)じっと手を見る。
じっと見ると変な形のオレの左手。
絵心のある人ならば、きっと「なんだこりゃ」となるだろう。
中学一年のとき、美術の時間で「自分の左手のデッサン」というのをさせられた。われながら上手く描けたと思ったのに、教師からの評価は「巨大なE」だった。ABCDEのEだから、最低点というわけだ。
「こんな手は人間の手じゃないだろ」
そう叫んだ若き美術教師はEの上にさらに何度もEEEと叩きつけるように文字を重ねた。
「でも先生、僕の手を見てくださいよ」
差し出したオレの手をギロリと見つめた若きアル中の美術教師は、突然ギョッとしつつも慌ててEの文字全てをBに書き換えた。
「キミ、これは生まれつきか」
そりゃあ、当たり前だ。わざわざまともな手をおかしな具合に整形するわけが無いだろう。
「しかしキミ・・・これじゃあモノが掴めないだろう」
ご名答。オレはよくモノを取りこぼす。丸いものや大きなもの、特に丸くて大きなもの(バスケットボールや地球など)は絶対に掴めない。だがしかし、生活するうえではさほど支障は無い。時にはこうしてEからBへと大ランクアップの爽快感を味わうことも出来る。
「親指!そうだ、親指の位置が変なんだよ!」
若くからアル中で後いくばくも無く休職する羽目になる美術教師が突然叫ぶ。おいおい坊や今頃気が付いたのかい。そんな大声を出しちゃあ、ホラ、クラスのみんなが寄ってきちゃったじゃないか。
というわけで、あまり使い勝手の良くないオレの左手。
te.jpg
(参考写真1 親指が妙なトコロから生えている)

DSCN3147.JPG
(参考写真2 こちらの方が笑えるかも)

握力も20キロ有るか無しかで、長い時間の使用にはとても耐えられない。ギターを弾く上ではネックを握ることが出来ないし、Fコードなどのバレー時には裏からネックを押さえつける事が出来ない。ドラムを叩いていても、一時間程度で動かなくなるしスティックもすっぽ抜けてしまう。
今こうしてキーボードを叩いていても、指先は氷のように冷たくなっているので、一行毎にストーブで指先を温めている。
生まれたときからこうなので、全く不便は感じないけれど、近頃は以前にも増して動かなくなってしまっているのが実情。
困るのは、買い物に出たときに、店の商品を取りこぼしてしまうことだ。特にカップラーメンがイケナイ。ヤツラは丸いから掴みづらいのだ。ならば右手で掴めばよいのだけれど、長い時間左手でカゴを持っていられないから、どうしても右手にカゴ、左手で商品を取るということになる。
結果いつも、掴み損ねて床に落ちたカップラーメンばかり買うことになるわけだ。だからオレの食べるカップラーメンは、麺や油揚げが割れているものが多い。
もともと右利きなので、左手が多少不自由でも全然気にしたことも無いのだけれど、悪いことにここへ来て右手がおかしくなってきてしまった。所謂経年劣化というやつなのだろうが、人差し指から手首にかけて、四六時中鈍痛に襲われている。煙草を持ったり他人様に後ろ指を差したりする分には問題ないのだけれど、力が加わる作業をすると激痛が走る。特に本を持つことと鍵をひねることとシャッターを上げる動作がたまらなく辛い。本の梱包も中々どうしてだ(高い本の時は気にならない)。
そのうち治るだろうとタカをくくっていたけれど、もう3ヶ月もこのザマでは、年齢も合わせて考えると自然治癒は期待できないだろうと思う。じゃあ医者にでも行くのかというと、決してそんなことはしない。
こうやって徐々に劣化して死んでいくのが人間の在り様だと思っているから、歯医者以外には用が無いのだ(歯が痛いのは我慢できないから)。
オレが諸事において大事なものを掴みそこなうのは何も指のせいばかりではなかろうが、しかし見れば見るほど何でもかんでも零れ落ちそうな指だと思う。
posted by 肉王 at 02:27| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月14日

先に入ってます

やあどうも。

もう12月も半ばですね。
こんな時期にありえないとは思いますが、キミタチが今夜もぐりこむベッドに、サソリが先に入っているかもしれません。
或いは明日穿こうと思っているパンツにスズメバチがスタンバっているかもしれません。
年の瀬は何が起こっても不思議じゃありませんので、充分に気をつけてくださいね。
今日はそれだけですよ。
posted by 肉王 at 02:19| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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