2010年05月27日

準備が出来なきゃ旅にも出られない

やあどうも。

さあて、何から最初に捨てましょうか。力自慢でもあるまいし、年齢並みになんでも担いで歩けると思ったら大間違いですよ。実力相応の荷物だけ選んで、あとは綺麗さっぱり捨てようじゃありませんか。怖いことなんかありませんよ。

40歳代の物忘れや体力・気力の衰えについて、同い年のお客さんと考えました。
現在と10代や20代の頃とを比べるという事自体が間違いなのですが、それでも比べたくなるのが人情というもの。
色々と語ったのですが、結局何一つとして若い頃に勝るものは無く、特にオレなどは財力においても劣っているという絶望的な有様でした。
例えば体力だったり気力だったり記憶力だったりというものが若い頃よりも衰えているのは、歳のせいだと言い訳をすることが出来ますが、財力が若い頃の半分以下に落ち込んでいるというのは、老化のせいとは言えないわけです。
40代が老化を語ることが出来るのかという意見もあるでしょうが、体力や気力においては多分人生で初めて衰えを感じる年頃なので、どうしても語ってしまいたくなるわけです。
お客さんは、「会話がスムーズにいかなくなった」ということが最大の悩みであるといっていました。
同じ悩みはオレにもありますが、元来がスラスラ喋れるわけでもなかったので、むしろ固有名詞が出辛くなったことのほうが重大な気がしています。
「アレよアレ」とか「コレよコレ」と言いながらオロオロしているおじさんやおばさんたちの気持ちが、悲しいほどに理解できるわけですよ。
ただ、一般のおじさんやおばさんの場合は、周囲にフォローしてくれる人がいて、大体のことはアレやコレで解決しているわけです。
ところが、脳をやられ、肉体をやられ、貧乏にまみれたオレの場合は、周囲のフォローも得られないわけで、一人でじたばたしている様は、老化というよりも「劣化してしまった」と言った方が的確なように思います。
オレの中での老化というは、緩やかに階段を下りているというイメージなのですが、劣化の場合は、急激に転がり落ちて壊れてしまったイメージです。
最近一番劣化を感じたのは、古い友人と会話をしている際に、オレの放ったジョークが一切通じていないことを察した時です。
長い付き合いなので、多分通じるだろうと思ったジョークに真面目に応えられた時のあのショック。最初は友人の方が劣化しやがったんだなと思ったのですが、どうもそうじゃない。オレの間や表情が、言葉についていっていないので、上手く伝わらなかったのでした。
その時は軽く死にたくなりましたよ。
その晩、ネットで老化についてあちこちのサイトを覗き見しているうちに、「寿命占い」とかいうサイトに辿り着きました。勿論何の根拠も無いいかがわしいサイトなのですが、ちょっと興味があったので自分の生年月日など打ち込んで、寿命をたたき出してみました。
結果、55歳・・・。
日頃から占いなど全く信用しないオレですが、この55歳というのが妙に気に入ってしまいました。決して若くは無く、かといって寿命と言うには無闇に早すぎるような気がしないでもない年齢じゃないですか。
現在42歳だから、残りあと13年。遅くも無く早くも無く、そしてまた準備をするには充分な時間。
何せ、これまでの42年間で何一つとして事を成していないので、今後13年あっても状況が劇的に変化するはずも無いわけですから、55歳で死んだって何も勿体無いことなどありません。
また、決して夭折というような年齢でもないのですから、周囲も合点がいきやすい。
考えれば考えるほど、55歳死亡説は魅力的に思えてくるのです。こうなるともう、何が何でも55歳になったら死んでやろうという気力さえ湧いてきます。更には、途中で不本意な死を迎えないために体力をつけなければいけないし、ボケて死ぬことを忘れないように頭もしっかり鍛えないといけないとも思うのです。
その日まで、思い残しの無い様に、着々と準備をすることにしましょう。
ただ、オレのジョークを華麗にスルーした友人の寿命を調べたら、75歳との事。すなわちオレの死後20年も生きながらえやがるという事。コレだけがどうも・・・。
posted by 肉王 at 02:55| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月11日

準備が出来ても旅立たない方がいい場合もある

やあどうも。

もう荷物はまとまってますかね。すぐ使うものは上に、最後に使うものは下に入れると便利ですよ。どこへ行って何をするでも、大体いつもと同じものしか使わないのだから、余計なものは詰め込まないほうがいいですよ。それと、大事なものは持っていかないほうがいいですよ。失くしたり汚したりするのが関の山です。できればここで棄てていくか、あるいは誰かにあげてしまったほうがいいんじゃないですか。まあ、無理にとは申しませんが。

警察に捕まったときの準備は出来ていますか。
概ねキミタチときたら引っ込み思案で臆病なくせに、一方では短気で粗暴な面も持ち合わせているから、ちょっとしたきっかけですぐ犯罪者に成り下がる可能性を秘めているんです。
聞きかじった知識を2ちゃんねるで振り回したりするキミタチは、いずれ綺麗に論破されて、苦し紛れの反論も華麗にスルーされたりすると、
「ムキー!高卒だからって馬鹿にしやがって!」
なんて叫びながら、盗んだバイクで走り出し、尖ったナイフを秋葉原あたりで振り回したりするんです。
そんな計画性のない犯行なんか、即捕縛ですよ。デブの捜査官に腕なんか変な方向にギリリとねじ上げられて、屠殺前の豚のようにブキーッブキーッなんてわめいているところを、野次馬たちのケータイ動画で撮影されてネットやテレビを通じて世間に広まったりするんだよ。
警察の取調べでは、動機をまず聞かれるよね。
「どうしてこんな馬鹿なことをしでかしたんだ、この豚野郎」
なんて情けない事を言われるんだね。
それに対して、これこれカクカクシカジカです、と落ち着いて整然と話すことが出来ればいいんですが、ただでさえ犯行後は気持ちが昂ぶっているし、そもそもが勢いで及んだ犯行だから、自分でも動機なんて分らないんですよ。
それで頭にあることを全部吐き出すとね、取調官だってどうにか調書にまとめようとするから、概ねこんな感じかなって解釈になるよ。
「鳩山政権に代わって、生活に圧迫感を感じるようになり、その気持ちを2ちゃんねるに書き込んだ。自分は高卒で知識が浅いし、言葉も上手く出てこない。それでもネットで知ったことを基にして必死で書いた。多少はいいものが書けたと思っていたけれど、ネチ男に絡まれて台無しになった。あいつらニートで引きこもりでゆとりのクセに、一般人相手に言論のプロ気取って暇つぶししてるクソ野郎だ。コンビニでは弁当の温めも要求できないくせに、顔の見えないネットの世界では言いたい事を次々にぶつけ」
「誰か特定の人物を狙ったのか」
「IPアドレスを抜いて場所を特定したかったけど諦めた。自分にはそんな技術もないし、仮にあったとしても相手の家に押しかけたりするような非常識なことはしたくない。世の中には技術を濫用して他人のプライバシーを覗いたり個人情報を金に換えたりするヤツがいるけれど、そんなことをするのは幼児期の家庭環境に問題がある人間のすることだ。それに、もしも特定の人物を狙ったのならば、こんなにすぐに捕まるようなへまはしない。本来自分はもっと頭の回転が」
「犯行前の精神状態は、自分ではどうだったと思う」
「ストレスはかなり溜まっていたと思う。それまで、ストレス解消のために覗いていた掲示板で叩かれてしまって、他に解消の場を持たない自分は行き場所を失ってしまった。そもそも自分は幼い頃からストレスを感じにくい性格だったのに、鳩山政権に代わってからというもの、感度の鈍い政府のせいで生活に圧迫感を感じるようになった。天皇制など否定する立場だが、だからといって今の教育制度にも懸念を抱いて」
「過去に犯罪歴はあるか」
「全く無い。自分は真夜中の農道でも信号を厳守するタイプだ。煙草を人並み以上に吸うが、吸殻を道に棄てたこともない。気になる女性にも用が無ければ話し掛けないし、こっそりと電話番号や住所を調べたり、真夜中に家の前まで行ってみるといったこともしたことが無い。隠れて写真を撮ったり、興信所に素行調査を依頼したりもしない。恋人がいるとかいないとかいうことも自分とその女性にとっては関係の無いことで、あくまでも知的な関係を構築することに腐心す」
「誰か友人はいるのか」
「友人というのはそもそも定義が曖昧で、例えばカネの貸し借りや、共通の体験などを基にしたものが即友人というわけではない。職場には自分を慕ってくれる後輩がいないわけではないが、彼等を友人とみなすにはまだ時間がかかる。携帯電話にメールアドレスが登録されているのは仕事上必要だからという以外にも理由はあるが、その理由に則ってメールを送ったことはないし、逆に来たことも無い。ただ心配なのは、掲示板で自分を笑いものにした相手が、実は同僚や後輩だったらどうしようかということで、警察には是非相手の特定をお願いしたい。自分のパソコンの『練り消しゴム600グラム』というフォルダにやり取りの履歴が残っているはずだ。くれぐれもそれ以外のフォルダは開いて欲しくないし、特に『おチンチンパーティー2009(晩冬)』というフォルダは仕事で必要な社外秘のデータが入って」
というような胃の痛くなるようなやり取りを延々4時間もやっていると、警察としてもマスコミ発表のための資料をまとめたりする必要から、供述をザックリと要約せざるを得なくなる。
すると、こうなる。
「むしゃくしゃしてやった。誰でも良かった」
日々の心情や行いや胸の奥底の思いとか、細かい心の機微などは全部すっ飛ばしですよ。
こういう不覚をとらないためにも、常日頃から自分の犯行動機だけは考えておく必要があるのだよ。
いずれ証拠物件として押収されたパソコンから、「やはりロリコンの犯行」とか「ショタコンの歪んだ生態」などが発覚し、マスコミに面白おかしく分析されて、懲役10年を終えての出所後に群馬の山奥で首を吊るか宮城県花山村で詩集の路上販売などをしなければならなくなる。
顔も合わせたことも無いキミタチだけれど、オレはそればっかり心配してるのさ。
posted by 肉王 at 02:19| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月07日

冷やし中華決別の会

やあどうも。

好き嫌いは大切だ。好き嫌いがないと馬鹿になる。事実だけを追って置き去りにされるよりも、好き嫌いだけで迷走していた方が人生は面白い。

酢が嫌い。
自分が嫌いだから、世の中の男は酸っぱいものが嫌いなはずだと妄信していた。
中でも冷やし中華が大嫌いなので、世界中の男のうち8割以上は冷やし中華が嫌いなものだという論文を発表しようと思っていた。
だが、周囲の意見を聞いてみると、酢はともかく冷やし中華については、嫌いもしくは大嫌い・・・2人、普通・・・4人、好きもしくは大好き・・・4人となった。たった10人のサンプルでは「統計」などとは言えないのだが、少なくとも統計を取ろうという勇気を根こそぎにそぎ落とすだけの材料にはなった。
結果にはショックではあるものの、無駄骨を折らずに済んだという安堵感も強い。
そういうことを前提にして冷やし中華の悪口を書く。

そもそも夏にしかメニューに顔を出さないところが馬鹿っぽい。
日頃は一歩たりとも外出をしないのに、アニメージュの発売日にだけウロウロと外に出かける引きこもりのようである。
ヤツラが夏にしか出現しないのには、特に理由などないのだ。単に「冷たいものは夏のもの」という先入観だけで夏のものとされているだけで、材料を見ても現代では冬にしか手に入らないものなど一つも使われていない。
また、紅生姜などを乗せられているケースも有り、ただでさえ酸っぱいのに、更に別の酸っぱさの薬味を乗せるのも気に入らない。
地方によってはマヨネーズをニュルーリとかけるところもある。
マヨネーズというのは味の破壊王であり、全てを俺色に染める浪花の寄席芸人のようなものであるから、あれ一発で冷やし中華もフランス料理もあなたの妻の不味い手料理も、全て同じ味になってしまう。
冷やし中華が嫌いなオレとしては、マヨネーズをかけられた無様な姿はザマミロなのであるが、おおよそのケースとしてそれを食わされる立場にあるのでザマミロがってもいられない。

酢はむせる。ずっと昔に、「酢でむせるのは馬鹿の証拠だよ」と言われたことがあった。では、むせないと利口なのかというとそういうことではないらしい。つまり、酢でむせると自身が馬鹿であることが立証されるけれど、それ以外のものは相変わらず漠然としたモノどもであるともいえる。
漠然としているくらいなら、たとい馬鹿でも身の振り方が決まる分だけマシだと思うのだが、世の中の多くは漠然としたもので構成されているから、馬鹿だと分れば排除される運命なのだとも考えられる。
してみると冷やし中華は馬鹿選別用の食物なのかもしれない。
それを作っている薄汚い親父の姿など想像すると、多少納得できない面もあるのだが、いずれにせよ酢でむせたという事実に変わりはない。
一度でもむせてしまえば、もう二度と冷やし中華など食べなくてもいいし、今までむせたことが無いからといって何度も食べるような代物でもない。
なのに、多くの人々は夏になると、自分が馬鹿じゃないことを証明せんとばかりに冷やし中華にわれ先に群がり、むさぼり食べている。
「なにお前むせちゃうの?何だ馬鹿だったのか。オレなんかホラ、何杯食っても大丈ブホォ!」

何だかゴチャゴチャしてきたけれど、あの冷やし中華の「からし」はなんなのかね?スープには中々溶けないし、溶けたら溶けたで今度は辛酸っぱくなってイライラする味に変わる。
そもそもスープの量も少なすぎるんじゃないのかと思う。渇水かと疑ってしまうし、麺全体にも良くからまないから、生麺をすすっているような錯覚にも陥る。それで600円とか800円とかふざけてんじゃないのかおい課長!
オレは今年の夏こそは絶対に冷やし中華なんか食わないからな。
もしも誰かに食わされそうになったら、インスタントコーヒーでスープを真っ黒にして食べる所存でござりマスル。
posted by 肉王 at 23:21| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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