2014年02月04日

道徳の時間

やあどうも。



僕の名前は小名山二郎。乙枯小学校の5年生です。
今日は僕のクラスで事件が起こってしまいました。
水泳の時間の後、みんなが教室に戻ったら、杉山宏子さんの鞄から財布とスマホが無くなっていたんです。
財布の中身は1万円も入っていたらしいです。
クラス全員でロッカーや机の中やゴミ箱まで探したけれど、全然見つかりませんでした。
そして、給食前の4時間目に緊急学級会が開かれることになりました。
いつもなら議長はクラス委員長の斉藤美奈さんなんだけど、問題が大きいので担任の沼田春夫先生が議長をすることになりました。
でも僕たちは、この問題は沼田先生が出るまでも無く、すぐに解決するはずだと思っていました。だって、僕たちは誰が犯人なのか、薄々感づいているのですから。
沼田先生は体育が得意な若い先生です。僕のお父さんよりもずっと若くて、何でもはっきりとものを言う男らしい先生です。
「さあ、みんな。先生に注目してくれ。いまさら言うことでもないんだが、杉山の財布とスマホが無くなった」
沼田先生が、みんなの顔をゆっくりと見渡しながら言いました。僕やクラスのみんなは、先生の顔をじっと見つめました。
「杉山が校則を破って大金やスマホを持ってきたことはいけない事だ。でも、いまはそれを問題にするよりも、もっと大きな問題があると先生は思う。それがなんだかは、みんなも分かっているよな」
開け放たれた窓から、少し強い風が流れ込んできて、まだ濡れている僕たちの髪の毛を撫でていくのが気持ち良かった。ずっと遠くでセミの声が聞こえています。本当なら今頃は、僕の得意な算数の時間だったし、そしてその後は給食だ。今日のメニューはなんだったっけ。僕は少しだけふてくされた気持ちになりました。
「先生がこんなこと言うのも問題なんだろうけど、実は先生は泥棒の気持ちがよく分かるんだ」
そういった先生の目線は、誰かをじっと見つめているようでした。それはみんなも気が付いたようで、何となくクラスの空気が一つにまとまったような気がしました。
先生が見つめているのは、きっと正田夜徒(しょうだないと)だと思います。正田は家が貧乏で、いつもあちこちの店で万引きをしているという噂です。両親は無職で、別に病気でもなんでもないのに生活保護を受けていて、当然給食費なんかも払ったことがありません。誰かの話では、両親は毎日パチンコをしていて、正田がスーパーなんかで盗んできた食品で毎日ご飯を食べているらしいです。
「泥棒って一言に言っても、泥棒には泥棒の言い分があるんだ。生活が苦しいとか、お金を使うのがもったいないとか、人を困らせるのが面白いとか、盗みをしないとストレスがたまるとか。昔、先生の同級生にも正田みたいな子が、いや、万引きを繰り返す子がいてね、先生はその子に聞いてみたんだ。なんで人のものを盗むのかって。そうしたらその子は、こう言ったよ。『沼田、俺は人のものを盗んでるんじゃない。社会ってやつから奪ってるんだ。そうしないと俺たちはいつまでも奪われっぱなしじゃないか』って」
先生の話は、僕には全く理解できませんでした。でも、その同級生って人の言葉が、少し印象的でした。
「こんな話、みんなには少し難しいかな。でもね、先生は思うんだ。あの同級生は今もどこかで奪い続けてるんじゃないかなって。あるいはどこかの刑務所でタンスでも作ってるかな。ひょっとしたら、どこかの小学校でスポーツが得意な先生をやってるかもしれないね。さて、昔話は切り上げて、本題に入ろうか」
僕は正田の顔を見たかったけれど、あいにく正田の席は僕より前にあるので、少しうつむいた後ろ姿しか見られませんでした。きっと正田は、みんなからの視線が背中に刺さりすぎて、心が痛くて、そのせいでうつむいていたんだと思います。
「さあみんな、目をつぶって。そう。そうして、先生の質問に、正直に手を上げて答えてくれ。ズバリ聞くよ。正田が犯人だと思わない者は手を上げて」
教室の中にまた風が吹き込んできました。そのせいで、誰かが手を上げたのかどうかの気配を感じることはできませんでした。僕は手を上げませんでした。
「そのまま。みんなそのままだぞ。さあ、正田だけ目を開けてごらん。これがこのクラスのみんなの意見だよ」
「フハハハハハ」
正田の笑い声が聞こえました。正田の笑い声はいつ聞いても虫唾が走ります。童話に出てくるズルいドブネズミのような笑い声です。一体、どんな育ち方をしたら、あんな下品な笑い方が出来るんだろうかと思わずにはいられません。そして、この事件で出た結果のどこに笑うところがあるのかと考えると、まったく腹が立ってしまいます。
その時、ガタンと音がして、誰かが椅子を倒すような勢いで立ちあがったようでした。
「先生!こんなのは卑怯なやり方だと思います。私、両親に話して、教育委員会に言ってもらいます」
斉藤美奈さんの声でした。斉藤さんは頭が良くて、とても優しいのでクラスの人望はナンバーワンです。だから委員長に選ばれているのです。ただ、斉藤さんの両親は校内でも有名なモンスターペアレントなので、先生と斉藤さんは少しぎくしゃくした関係です。つい先月も、テストの答案の件で、両親が乗り込んできて大騒ぎしたらしいです。斉藤さんが”答え5”のところを、”答え2”と書いたからバッテンになったのですが、両親の粘り強い交渉の結果、問題そのものを”答え2”になるように書き換えることで決着となりました。そのせいで、100点だった僕は95点になってしまいました。斉藤さんは65点が一挙に100点になったらしいです。一問正解になっただけなのに何故35点もアップしたのかというと、それは沼田先生が誠意を見せたからだということでした。
「斉藤の言い分はもっともだ。先生だってこんなことはやりたくないんだよ。本当ならもっとストレートにやりたいんだよ」
「じゃあハッキリと正田君に注意すべきだと思います」
「斉藤は正田が犯人だと決めつけているんだな。それは何故だい」
「だってこんなことをするのは正田君以外にいないからです。クラスのみんなだってそう思っているはずです」
「正田以外にいないって自信を持って言えるだけの証拠が何かあるのかい」
今日の沼田先生はグイグイ押してきて、ちょっと怖いです。心なしか、口元が笑っているように見えます。斉藤さんは最初の勢いを無くしつつあるようです。僕は心の中で斉藤さんを応援しました。
「だって・・・そう、正田君は水泳の時間にプールにいませんでした」
そう。そうです。僕たちが最初から正田を疑っていた理由はそこにあったのです。あの正田が、姿を消していた時間に財布とスマホが無くなったのだから、もういちいち誰が犯人かなんて考える余地はなかったのです。問題は、正田が盗んだものをどこに隠したのかということだけなのです。
「正田、さっきお前が見た結果を言ってくれないか。手を上げていたクラスメイトは何人いた?」
「誰も上げていませんでした。フハハハハハ」
「そうだな。つまり、クラス全員がお前が泥棒に違いないと思っていたわけだ」
「はい」
「さみしいな、正田。お前は友達が一人もいないんだな」
「はい」
「でも先生は、正田が犯人じゃないと思ってるんだ」
先生はこの期に及んで、何故正田をかばうのでしょうか。大人だからでしょうか、先生だからでしょうか。それとも自分に酔っているのでしょうか。僕は少しイライラしてきました。この事件の犯人は正田でほぼ間違いありません。僕にだってそう断言できる証拠はありませんが、もし正田以外に犯人がいるとしたら、それはクラスのもの以外ということになると思います。でも、他のクラスは授業中だったわけだし、外部から泥棒が侵入することはほとんど有り得ません。仮に外部の人間の犯行だとしたら、たった1万円とスマホだけ盗んでいくなんてありえません。
「正田、お前が見たことを正直に話してくれるかな」
先生は余裕しゃくしゃくで正田に話しかけました。
正田が見たこと?どういうことでしょうか。
正田はまたフハハと笑うのかと思いましたが、今度は真面目な顔をして話し始めました。
「水泳の時間が終わって、一番最初に教室に帰ってきた人が、杉山さんの鞄から財布とスマホを取って、自分の水着バッグに入れていました。俺はそれを教壇の後ろに隠れて全部見ていました」
「ほう、そうか。で、その人はその水着バッグをどうしたんだ」
「みんなが大騒ぎしながら机やロッカーを探し始めたそのどさくさに紛れて、隣のクラスのロッカーに入れました」
「ほほう。で、正田はその証拠を持っているのか」
「先生から借りたビデオカメラに全部録画してあります」
「と、いうことはそれを見れば犯人が誰か分かるというわけだな」
正田は黙ってうなずいた。僕は胸がドキドキして、何が何だか分からなくなってきました。先生と正田は、グルになって一体何をしようとしていたのでしょうか。
先生は正田からビデオカメラを受取り、ニヤニヤしながらプレビュー画面を見始めました。
その時、また斉藤さんが立ち上がりました。
「先生は、正田君と二人で何をしているんですか。正田君は何故そんなことをする必要があるんですか」
斉藤さんが絶叫すると、正田はガクッと首をうなだれて、小さな声でゴメンなさいと呟きました。しかしその声は、斉藤さんの「信じらんない!」という大絶叫にかき消されてしまいました。
先生はビデオカメラのスイッチを切り、静かに話し始めました。
「みんなは、正田の家庭環境について、噂ででも聞いたことがあるだろう。確かに正田の家は生活保護を受けているし、両親は毎日パチンコ三昧の社会のクズだ。先生は家庭訪問で正田のご両親と話をしたことがあるが、やれ政治が悪いだの日本は戦争で酷いことをしただのと、自分の事を棚に上げて言いたい放題だった。揚げ句の果てには、だから自分たちが人のものを盗んでも、それは政治のせいなんだと言っていた」
正田はもう、これ以上ないくらい小さくなっているし、斉藤さんは立ったままブルブル震えているし、当事者の杉山さんにいたっては、まるで馬鹿みたいにポカーンと口を開けているばかりです。クラス中の空気がまるで真冬のように凍り付いています。
「先生は、そういう身勝手な大人の言い分は大嫌いなんだ。でも、考えようによっては、正田は使えるんじゃないかと思うようになったんだ。というのも、正田が毎日のように万引きしていたスーパーは、実は先生の実家だったからなんだ。そこで先生は、正田が先生のスパイとして活動してくれるなら、毎日千円以内の万引きなら大目に見てあげるが、どうですか?と持ちかけたわけだ。正田もご両親も、二つ返事で引き受けてくれたよ。な、正田」
正田はこくんと頷いて、ふは、と空気の漏れるような笑い声を出した。
「まあ、実際、正田はよくやってくれたよ。先生、その点に関しては驚いたよ。女子の着替えを覗くもの、テストのたびにカンニングするもの、隣のクラスのいじめに加担しているもの、学校裏サイトで援助交際を呼びかけているもの、他にも色々と情報を上げてくれた。その中でも、病的な盗癖を持った生徒の情報が先生の目を引いたんだ。その生徒は、学校の内外で窃盗を繰り返していて、それが一度も発覚していないというんだ。正田は何度か捕まってるのにな。はっはっは」
先生はいかにも楽しそうに笑いました。でも僕は、このクラスがそんなに汚染されていたなんて全く知らなかったので、先生の笑いが、実は冗談だったんだというオチの前フリに思えてなりませんでした。でも先生は、すぐに真面目な顔に戻って、話を続けました。
「今回の事で、先生はこのビデオに映っている犯人をここで公表するつもりはないんだ。ただ、犯人に言っておく。このビデオには500万円の価値があると先生は思っている。先生は大人の誠意ってものがどういうものかはよく知っているつもりだ。だから家に帰って、ご両親とよく相談してほしい。それ以外に先生が出来ることといったら、転校の手続きくらいだからね」
斉藤さんはもう何も言わず、黙って着席しました。正田はぼんやりと窓の外を見ていました。僕はもうお腹が減って、窓から流れ込んでくる給食のにおいに心を奪われていました。
その時、チャイムが鳴りました。
「さあ、給食の時間だ。みんな、準備をしてくれ。あと、正田。お前はもうスパイはクビだから、今度先生のスーパーで万引きしたら、警察に突き出すからな」
僕たちはなんだかぐったりしてしまって、ダラダラと給食の準備を始めました。
廊下に出ると、隣のクラスのロッカーの前で、杉山さんが誰かの水着バッグの中から財布を取り出すところでした。僕はそのバッグの名前を見たいと思いましたが、杉山さんはすぐにバッグを丸めて服の中に隠し、僕のクラスの誰かのロッカーの中に放り込んでしまいました。
僕はそれを横目で見ながら、今日の給食のメニューが麻婆春雨だったことを思い出していました。
結局、誰が犯人だったのかは分からないけれど、今日の給食を犯人はどんな気持ちで食べるんだろう。
そして、犯罪者と同じものを食べるなんて、僕たちはまるで刑務所の囚人みたいじゃないかと思いました。
posted by 肉王 at 02:21| Comment(3) | 道徳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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