2007年04月29日

月に

あ、あなた。
ひょっとして、【BAR】チキン・ハートをお探しじゃありませんか。
仙台坂を登りきる手前の、何ともみすぼらしい佇まい。そこは心に傷を負った臆病者たちが集う場末の酒場。
さて、今夜もひとつ、負け犬たちの遠吠えに聞き耳をたててみましょうか。

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その夜、チキン・ハートの店内には酷く品の無い匂いが充満していた。
それは、いかがわしい場末のバーに根付いた女の匂い。
安い化粧品の匂いに何かが混ざり合って、女の体に染み付いた。
そんな匂いだ。
マスターはその匂いを嗅ぐ度に、胸が締め付けられる思いがする。同情や憐憫ではなく、後悔や懺悔に近い思いだ。
女がカウンターに投げ出した痛みの激しいバッグからは、人生への恨みと生々しい生物の悲しさが零れ落ちそうだった。
初めての客だった。
しかし、マスターの性格をよく知ったような振る舞いを見せる女だった。
ジン・トニックくれへんか。
女の最初の注文だった。
女は差し出されたジン・トニックをものも言わずに受け取り、そのまま一息に飲み干した。
喉が・・・。
喉が渇いとったんよ・・・。
もうずっと長い間。
そう言って、女はまた同じものを注文した。
「ウチ、ホンマ駄目やわ。帰らなアカンのにな」
「待っている人がいるんでしょう」
「そやねん。待ってるねん。そやから帰らなアカンねん」
女はそう言ったまま、グラスを握り締めた。
そして深い溜息をつくと、安い酒の匂いが微かに漂った。それは、決してチキン・ハートにあるような酒ではない。
女はバッグから携帯電話を取り出すと、片手で器用に開き、ボタンを押した。
電話を耳に押し当て、グラスを傾けながらそのまましばらく黙っていたが、やがて静かに話し出した。
あんな・・・。
ウチ、嬉しかってん。まさかまたアンタに会えるなんて思うてなかってん。それに、ウチこんなんなってしもてんのに、アンタすぐにウチやて気付いてくれたやんか。嬉しかってんやで、ホンマに。
・・・せやけど、やっぱりアカンねん。
なんでやろな。
・・・ウチな、あれから変なクセついてしもたねん。
独り言が趣味になってん。
誰かと喋るなんて厭んなってしもてな、自分と喋ってばっかおんねん。変やろ。
ちゃうねん、アンタのせいやあらへんねん。
ウチがアホやったんや。
・・・でもな、携帯電話て便利やで。これさえ耳にあててたら、道端で独り言喋っとっても、誰も怪しまんねん。隣のオッサンにアホンダラ言うても、気が付かへんねん。可笑しいやろ。笑てまうわ。
それ以外に使わへんから、この電話に登録してる番号なんて、自宅と店の二つしかないねんで。
そうやねん、独り言用に持っとんねん・・・。
・・・あんな、ウチ子供おんねん。
「健」いうねん。
そうや、アンタと同じ名前や。
もう小学生やで。そんでな、アンタと同じで、気が小っさいねん。ホンマ、笑てまうわ・・・。
・・・あんな、最後に一つだけ聞いて欲しいねん。
あん時に飲んだお酒、なんやったかな・・・あれが飲みたいねん。
あれ、作ってくれへんか・・・。
ああ、そうそう、これやこれや。
これ、なんて名前なん。
へぇ・・・ブルー・ムーンゆうんか。随分洒落た名前やな。
ホンマ、笑てまうわ・・・。
ほな、切るわ・・・。
もう、帰らなアカンねん。

女が店を出たあとも、しばらく匂いは残っていた。
やがて来たナマナカが、少し鼻をひくつかせて言った。
「おや、先客がいたのか。珍しいこともあるもんだ」
マスターは女の使ったグラスの水滴を振り払いながら、笑って答えた。
「ええ、笑ってしまいますよ・・・」
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久しぶりのチキン・ハート。
だんだん路線が変わってきたぞ。
脱線している、と言ってもいいかもしれない。
脱糞でなくてよかった。
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2007年01月27日

命はいくらでもやるから、カネだけは助けてくれ

あ、あなた。
ひょっとして、【BAR】チキン・ハートをお探しじゃありませんか。
仙台坂を登りきる手前の、何ともみすぼらしい佇まい。そこは心に傷を負った臆病者たちが集う場末の酒場。
さて、今夜もひとつ、負け犬たちの遠吠えに聞き耳をたててみましょうか。

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今夜もチキン・ハートには客が一人しかいない。
陰気な酒の、闇医者ナマナカがグレンリベットをロックで飲んでいる。
それを、マスターがボンヤリとみている。
ドアを開ければ街中にクリスマスの喧騒が溢れているというのに、この店だけは世間の時間の流れから完璧に謝絶されている。
時折、勢いづいた酔客がドアを開けるが、店内に漂う異質な空気に怖気づいて、一歩も足を踏み入れず逃げ帰ってしまう。
マスターはともかく、ナマナカは「それでいい」と思う。ここはストレスを発散する場ではないし、疲れを癒す場でもない。ただ、酒を飲むところだ。
弱気な男も強気な女も、ここではフラットな気分であるべきなのだ。悩み事も解決されず、新しい発想も生まれない。そういう酒の飲み方ができない人間が、いつまでも耐えられるような場所ではないのだ。
「この間、知り合いの紹介で、ヒルズ族とやらと酒を飲んだよ」
「へぇ。ナマナカさんは顔が広い」
「そういうわけじゃあないんだが、まあ、ヒルズ族ってのがどんなもんか、見てみたかったもんでね」
「で、どうでしたか」
「こことは比べ物にならないような豪華な店だったが、どうしようもなかったな」
「ははぁ・・・」
「ヒルズのアンちゃんたちは、どれだけ高価なドンペリを開けるかだけ気にしているし、店側もドンペリを何本開けさせるかだけしか考えていないんだ」
「そりゃあ、豪気だ」
「しかし、みんなドンペリがシャンパンだということは知っていても、シャンパンがワインのことだとは知らないんだからお笑いだったよ」
「まあ、そういう店ではそうなりましょうな」
「あれじゃあ、中身が何だって同じだな。ドン・ペリニオンが可哀相だ。飲むためにではなく、見栄のために、やたらと栓を抜かれて床に撒かれるんだ」
「成金趣味ってやつですね」
「そうだ。一年前まで吉野家の牛丼を食っていたヤツが、突然カネを手に入れるとああなるんだ。貧乏人てのは、カネが無いヤツだけのことじゃない。カネの使い方を知らないヤツも、貧乏人と同じだ」
「そういう人達は、カネで何でも買える世界にしか興味が無いんでしょうな」
「いや、違うよ。今のこの世で、カネで買えないものなんか無くなっちまったんだよ。いつからかこの世ってやつはそういうことになっちまったんだ。だからこそ、カネで買っちゃあいけないものがあると心得るべきなんだ」
ナマナカは、グレンリベットの残りを一息に飲み干した。
「医者なんかやっていると、カネの無いヤツは助かる命でも見捨てなきゃいけないし、金持ちだってだけで、いらない命が助かることもある。闇医者だからってわけじゃない。大病院だってカラクリは同じだ。学会じゃ癌治療の進歩だって言ってやがるが、金持ちならって条件付きさ」
「まあ、私なんかは癌にかかったら、たとえ初期だろうとイチコロであの世行きってことでしょうな」
マスターの言葉に、ナマナカはフフン、と鼻先で笑い、空のグラスを差し出した。
「今、先払いをしておけば、その時は無料で治してやるよ。もちろん、僕が生きていればね」
「先払いですか?是非とも願いたいものですが、何を差し上げましょうか。この通りですから、おカネはこれっぽっちもありませんが」
「カネで買えない酒を一杯飲ませてくれ」
「そんなものは・・・」
少し眉をひそめて手を振るマスターの言葉尻を遮って、ナマナカが持ったグラスをさらに高く掲げる。
「とぼけなくてもいい。僕は知ってるんだ。マスター、あんた酒の密造してるだろう」
「・・・なんのことですか」
「いいんだよ、別に隠さなくったって。僕だって闇医者だ、警察とは縁遠い人間さ。そんなことより、僕はマスターと結構良い付き合いをしているつもりだが、マスターはいつまで経っても余所余所しいじゃないか。それが気に入らなくてね。それで、悪いとは思ったが、この間マスターが用で外へ出たときに、こっそりとバックバー横の扉から地下へ降りてみた。すると、あるじゃないか。ラベルの無い壜がズラリとさ。あれは僕の勘じゃ、きっと密造酒だ。違うかい」
「参りました。・・・しかし、主の留守に家捜しとは趣味が悪い」
「僕は人の心の中まで見るのが仕事だからね」
「仕方ありません。今準備しますから待っていてください」
そう言って、マスターは扉の奥へ姿を消した。ややあって、扉から姿を見せたマスターは、一本の壜を手にしていた。
壜の中には白く濁った液体が半分ほど残っていた。
「これはまあ、いわゆる濁酒の一種です。名前はありませんが、46号と呼んでおります。私が作った酒の中でも、まあデキのいいほうです」
「ドブロクか。初めてじゃないが、滅多に飲む機会も無い」
「このまま飲むと、必ず吐いてしまうので、アンゴスチュラ・ビターズを数滴垂らして飲みます」
「・・・毒なんか入ってないだろうな」
「ナマナカさんは、私の手術をする時に出鱈目をしないでしょう。それと同じくらいに信用していただいて結構です」
「・・・そう言われると少し不安だな」
「良かった。実は私も、是非すぐ飲ませろと言われたらどうしようかと思っていたんです」
マスターは笑って壜を下げたが、ナマナカは、ひょっとしたらカネ以外の事で命を落とす唯一の機会を失ったかもしれない、と少し残念だった。

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世の中なんでもブランド志向に傾いています。
不景気の時は何でも100円の店ばかり有難がるくせに、ちょっと小金を得ると、すぐに高級品に走ってしまう。
人間の悲しい習性です。
でも、ブランド物ばかり欲しがることこそ貧乏性の最たるものです。
なにせ、ブランド物は外れが無い。外れが無いからメクラでも間違う心配が無いからね。値崩れしない株を買うようなもんでしょ。貧乏人が一番有難がるパターンなのよ。
ブランド物で失敗するのは、安く買おうとして偽者を掴まされるから。ブランド物を安く買おうってのが、そもそも貧乏根性丸出しで、そんなヤツあブランド物に手を出しちゃいけないし、詐欺にかかって当然。

本当にいい買い物ってのは、名前の有無に関わらず「いいもの」を見極めることが大事。
でも、世の中にはそんなものそう易々とは転がっていませんな。
posted by 肉王 at 02:57| Comment(0) | 【BAR】チキン・ハート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

いい男の選び方

あ、あなた。
ひょっとして、【BAR】チキン・ハートをお探しじゃありませんか。
仙台坂を登りきる手前の、何ともみすぼらしい佇まい。そこは心に傷を負った臆病者たちが集う場末の酒場。
さて、今夜もひとつ、負け犬たちの遠吠えに聞き耳をたててみましょうか。

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酒場には、様々なものが持ち込まれる。
楽しいものや愉快なものは数少なく、非合法なものや不愉快なもののほうが多い。
中でも一番多いのは別れ話を持ち込まれることじゃないか。
全てのBARがそうではないとしても、少なくともチキン・ハートのマスターはそう思っている。

珍しく、今日のチキン・ハートは盛況だ。
カウンターの隅にはナマナカ氏が陣取っている。
そこから少しおいて、ハボマイ嬢がクダを巻いている。
ハボマイ嬢は、どこかの研究所でクナシリという怪しい老博士の助手をしている。
そのハボマイ嬢が、酩酊して現れたのはもう1時間以上も前だ。
カウンターにだらしなくべったりと張り付き、マスターの忠告も聞かずに、フォアローゼズをがぶ飲みしている。
「そんな飲み方をされちゃあ、愛のエピソードを持つ酒も台無しですね」
マスターの皮肉に、ハボマイがギロリと目を剥く。
なによ。客がどんな飲み方をしようが勝手でしょ。
その目が明らかにそう言っている。
フォアローゼズの生みの親、ポール・ジョーンズが女性にプロポーズをする。女性がそれに4輪の薔薇のコサージュで答える。その嘘臭いエピソードから名付けられた酒が、フォアローゼズだ。
マスターは、酒の命名にまつわる話が嫌いだ。所謂「いい話」が多いからだ。そんなもの、ただの飲兵衛にとっては馬の耳に念仏だし、第一取って付けた様な話が多すぎる。
それでも、今夜のような迷惑な客には嫌味や皮肉の意味で使えることがある。
もっとも、彼女ほどに酩酊していては、全く何の意味も無い。
「お嬢ちゃん、さっきから随分ご機嫌のようだが」
ナマナカがとうとう首を突っ込んできた。マスターは心の中で舌打ちをした。さっさと酔い潰させてしまったほうが大人しくなって助かるというのに・・・。
「あら、あなたはどちらの色男かしら」
ハボマイが、壜の首を掴んで立ち上がり、そのままナマナカの隣へ歩み寄り、まただらしなく座り込んだ。
「若いうちには死ぬほど飲みたい夜もあるだろうが、これからはそんな飲み方をしなくてもよくなる方法を教えてやろうか」
「そんな飲み方とはなによ。・・・でも、参考までに教えていただきたいものですねぇ」
ハボマイがとうとうナマナカの首に腕を回した。臭い息がナマナカの鼻腔に絡みつき、思わず顔をしかめた。
「いい男の選び方さ」
「へぇ〜是非聞きたいわねぇ」
「だが、そんなに酔ってちゃあ、無駄だろうからな。今日は少しマシな男の選び方にしておこう」
「何でもいいわよぅ・・・」
「四つある」
そう言ってナマナカは四本指を立てた。
一つ目は、酒の選べるヤツ。
二つ目は、死ぬほど飲めるヤツ。
三つ目は、一人で飲めるヤツ。
四つ目は、死ぬまで飲まないヤツ。
「この四つを持ってるヤツは、どれか一つだけでも持っていないヤツよりも、少しはマシって訳だ」
ハボマイは、指を折りながらブツブツと口の中で復誦していたが、やがてハッと気が付いてナマナカを睨み付けた。
「なぁによぉ〜バカにしてぇ〜」
それに釣られるように、ナマナカとマスターがゲラゲラと笑い出した。
「まだ、死ぬほど飲んではいないようだな」
「いい男の選び方のほうを教えなさいよぉ」
クックックと笑って、ナマナカは三本指を立てた。
いいかい、一つ目は・・・。

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いい男の選び方?
それを教えると、オレに騙される女がいなくなるから秘密だ。
でも、三つのうちの三番目だけ教えてやろう。

「その代わり」を求めないヤツ。

どうだ?一つ良いこと知っただろう。
そんな良いことを教えてやったんだから、その代わりにオレのところで本買ってくれよ。
posted by 肉王 at 01:16| Comment(6) | 【BAR】チキン・ハート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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