2008年04月04日

番付頂戴(第四話)

あまり大きな声じゃァ言えないが、女というヤツは随分と図々しく出来ている。日頃この世で一番不幸なのは自分だと思ってるくせに、一方ではどこそこの誰それさんよりは幾分マシだとも思っている。
あるいは百円を手にすりゃ二百円無きゃ足りないと言うくせに、五十円で何とかやりくりつけてしまう上に、ちゃっかり「へそくり」までこさえたりもする。
まあ、欲も底なしだけれど我慢も底なしで、何事もその場その場でうやむやに済ましちまうなんてのは、男にはマネが出来ない。
「出て行きゃあがれ、コンチクショウ」
「ああもう、愛想もなにも尽き果てちまったよ、クニへ帰らしてもらうさ」
なんて大喧嘩をしたって、翌朝にゃケロっとして朝飯作ってるなんてこともよくある話。まあこれはいいほうの例で、中にはネチネチと陰湿なのもいるらしい。ちょいと自分に不利な口喧嘩の最中に、亭主の昔の浮気なんぞ持ち出して、グズグズと長い諍いにもつれ込んだりする。そうなるとお互いに引くに引けなくなっちまって、あまり宜しく無い方向へ話が落ちてゆく。間に誰かが入って仲裁しても、そんなのは一時凌ぎにしかならないことも多くって、結局は別れちまう人も多い。
女と上手に付き合うには、何事も一歩手前で止めておくといいんだと言う人がいる。幸も不幸も、冨も貧しいも、多いも少ないも、喧嘩も小言も誉め言葉も、何事も頂点の一歩手前で止めておくと、非常に安定がよろしいうえに、女の方で何とか上手くまとめちまうんだとか。そんなもんかと疑う人もいるだろうけれど、そうやって疑っている自分を振り返ってみると、存外一歩どころかずぅっと手前で止めているから実感が湧かないだけなんじゃないかと想像しますが、如何か。
ある人は大工道具に例えた人もいるそうで。素人が使ってもやたらに切れる鋸やノミよりも、玄人ですら中々なじめない少しクセのある道具のほうが、いい道具なんだそうです。というのも、道具を使うときに気を抜けないから、仕事に集中してしまうとか。女もそれと同じで、少ぅしクセのあるほうが、緊張感があってよろしい。うっかり口を滑らしたりしないように気を遣うから、喧嘩にならない。喧嘩にならないから関係が長く続くんだそうで。けれどそれだと気の休まることが無いんじゃないかと思うけれど、なぁに、そもそも女と一緒になって気を休めようなんて了見が間違っているんだとか。
何はあれ、そうやって塩梅良く付き合っていけば、女というヤツはこりゃあありがたいもんです。

清水島咲(さき)は、深川の大工の家に六人兄弟の末娘として生まれた。上には五人の兄がおり、そのせいか、男勝りな性格に育った。色黒でひょろりと背が高く、どう繕っても器量良しとは言えず、十四の頃まで毎日のように喧嘩ばかりして生傷が絶えなかった。十五になって多少色気づいたかと思ったが、深川祭りで神輿担ぎの男連中とひと悶着起こして、額に三寸ばかりの大傷を頂戴した。その傷は今でも薄っすらと残っていて、咲は鏡を見るたびに溜息をつく。
女だてらに向こう傷を作る娘にホトホト愛想を尽かした両親が、奉公にでも出せば少しは大人になるんじゃァないかと、知り合いを頼って材木商を営んでいる大店へ十六歳になったばかりの咲を預けた。材木商の屋号は「佐上」といって、業界でも最上位と言っていいほどの大店だった。奉公人は番頭から中堅、新入り、見習い、女中、乳母、子守りまで合わせると五十人を超えて百人に足らずといった数がいた。これらの人数が朝な夕なと忙しく立ち回り、さらに出入りの職人や出稼ぎの人足などが入り乱れるので、総勢が何人になるのか咲には見当もつかなかった。
咲に与えられた仕事は賄い女中で、朝っぱらから叩き起こされて、飯を炊き、膳を並べて、全員が乱暴にかき込んだあとの片付けをし終わると、その頃にはもう昼飯の準備にかかる。それが終わると今度は夕食の支度が待ち構えているという有様だから、咲は日がな一日米の炊ける匂いばかり嗅いでいたことになる。賄い女中は咲のほかに三人いて、最古参の初子という三十路すりきれの賄い頭は咲以上に男勝りで威勢のいい女だった。朝一番に炊き上がった米を一膳だけ盆に載せると、身支度を終えた佐上の奥方が頃合良く台所に現れて盆を受け取り、それを神棚に供える。初子もまた一膳飯を台所の神棚に供え、ぱん、と手を打つ。その後ろ姿がいかにも凛としていて、咲は惚れ惚れとしたものだ。
初めの頃は、よくもまあこんなに毎日大量の米が賄えるもんだと驚いていたし、自分もまた毎日炊きたての米が食えるのが幸せだった。
「そりゃァ自分の米じゃないからさ。自分の米だったら、減るのがもったいなくて気が気でないさ」
そう言いながらも初子は、一粒の米すら疎かにせず、咲たちが米を研ぐときにもいちいち目を光らせていた。旦那様から預かった大事な米だ、一粒たりとも流すんじゃないよ、という初子のハッパに咲は何度も身を震わせたものだ。
咲が奉公するようになって二年も経ったころ、初子に縁談が持ち上がった。相手は出入りの職人で、何年か前に出来上がっていたけれども、次期を待っての結婚となった。その時、咲は初めて「佐上の桐箪笥」というものを知った。佐上では江戸の昔から、八年以上働いた使用人が結婚すると、特別に祝儀を出す習慣があった。男の使用人であれば、二年分の給料と同額の祝儀で、女であれば着物を一杯に詰め込んだ桐の箪笥なのだそうだ。初子はその八年の年季を待って結婚したというわけだ。
しかしなんだか女の方が割り前が少ないじゃないかと咲は思ったが、そのカラクリを初子は嬉しそうに説明してくれた。
「所帯を持ったってさ、暮らしぶりが何もかも上手くいくわけじゃないだろ。病気だの失業だのとさ、いろいろあるさ。そんな時にね、まずは着物を質屋に預けるだろ。一枚や二枚の着物じゃないんだから、当座は何とかなるだろう。それでも間に合わない時ゃ箪笥を預ける。箪笥が入ると、もう切羽詰ったときだぁね。すると、質屋から佐上に『だれそれさんから箪笥を預かりました』と一報が入る。そうすると佐上の旦那様が一度だけ箪笥を受けだして助けてくれるって仕組みさ」
箪笥の裏には「佐上」の屋号が刻印されていて、一度佐上によって受けだされた箪笥は、その刻印が消される。佐上は受けだした箪笥とともに、必要に応じて援助をするという。
「いいところだろ、佐上は。ねえ咲。だけど、これを亭主に言っちゃあ駄目だよ。佐上をあてにして、働かなくなっちまうロクデナシもいるからね。男なんて、あんた、根っこはそんなもんさね」
そんなもんさね、と言った初子の幸せそうな笑顔が、咲にはなんだか言葉の通じない外国人のように見えた。それは咲自身が男を知らないという事もあったが、それ以上に、わざわざ「そんなもん」と所帯を持とうという女の心がまだよく分からなかったからだった。自分はきっと、この先何度も目の前を「佐上の箪笥」が通り過ぎるのを見送ることになるのだろう、そしてそのどれ一つとして自分のための箪笥ではないのだろうと咲は思った。そういう咲の気持ちを見透かしたかのように、初子はとんと咲の背中を叩いた。
「咲はまだまだ子供だからさ」
「あたしは男なんてゴメンです」
「ホントのところ、アタシだってゴメンだよ。でもね、なんだか知らないうちにそうなっちまうモンなのさ」
初子の後釜に賄い頭になったのは、小枝という働き者の中堅どころだった。「さえ」という名前なのだが、だれもが「こえだ」の「こえ」と呼んだ。初子よりも細かい仕事が得意な小枝は、いちいち重宝に使われて、賄い以外の仕事もよくこなしていた。こえちゃん、こえさん、と呼ばれると、厭な顔もせずに何にでも応えた。
咲もその頃にはすっかり仕事に慣れていたので、小枝を助けてクルクルと良く働いた。この頃になって、咲にもようやく人の中で働くことの面白さが分かってきた。人に頼られる喜びと、それに応えられる自分に対する満足感を覚えていた。この頃、小枝と咲の間にいた登紀子という賄いが八年奉公を終えて、クニで所帯を持つために去っていた。登紀子は東北の生まれなので、佐上の箪笥の効果が及ばない。なので、祝儀は大目の現金と鏡台を持たされた。登紀子は上野駅で皆に見送られ、汽車の窓から何度も何度も頭を下げなら涙ながらに帰って行った。
奥方は、女中がいなくなるたびにいつも淋しそうに振舞う。旦那はただ女中の嫁入りを手放しで喜び、物を預けて送り出すだけだが、日々女中を身の回りに置き、実の娘のように可愛がっている奥方としては、立派に嫁として送り出すことまでが自分の務めと知ってはいても、淋しさが先に立つらしく、なんだか娘の父親にでもなった心持ちだねぇ、と笑う。
「ヤレヤレ、ときちゃんも行っちまった。こえちゃんがお嫁に行った後は、咲が賄い頭かね」
「いいえ、奥さん、咲は結婚なんかしないそうですよ」
小枝が咲をからかうと、奥方はそれを受けて、それもヤレヤレなことだねと言った。そして、咲の頭を抱き、
「咲は行かず後家になるかい。じゃァ賄い番頭にでもなるかね」と冷やかした。
登紀子がいなくなった後、しばらくは小枝と咲の二人で賄いをしていた。昼の用意は奥方も手を貸すが、勝手が違うのと、咲たちの仕事の速さについていけず、時折米を焦がしたり食器を割ったりして、ややもすると二人の足手まといとなることもあった。

その頃、三沢という男が「人足で雇ってもらえないか」と佐上にやってきた。聞くと、信濃の木曾から女房と十歳の男の子を連れてきたが、東京には知り合いも無く、仕事も木こり以外のことはしたことが無いという。今時自分を木こりと呼ぶなんて、なんだか芯のありそうなヤツだと旦那がすぐに気に入って、女房ともども佐上で働かせることにした。
「丁度賄いの一人が所帯を持っちまって、人手が足りなかったんだ。ウチのやつじゃァなんだか足手まといのようでよ。なあに、坊主もウチで飯を喰やあいいんだから、寝るところさえ近隣に借りちまえばいい。そのくれえはこっちでなんとでもしてやらあ」
三沢はその言葉を聞くなり泣き崩れ、擦り切れるほど三和土に額をつけたという。
佐上に入った三沢は、周囲の者が驚くほどの働き振りを見せた。上背が六尺近い上に、木こり作業で鍛えたと思しき鋼のような筋肉が他を圧倒した。人の三倍働いて、人の半分しか休まない。
「ああいうのは、相撲取りにでもなったほうがいいんじゃねえか」
年季の入った職人たちでさえ、そういって舌を巻いたものだ。
「なんにしても弱っちまうのはヨ、アイツが働きすぎるモンで、オレたちの仕事が減りやがるのよ。二人で一本抱える丸太を、一人で二本も担ぎやがる」
女房は名前をアツといい、亭主に負けず劣らずの働き者だった。朝も、住み込みの小枝や咲が起きてくる頃にはもう米研ぎが終わっていて、大竈に火が入っている。平(へい)と呼ばれている息子も、咲たちや母親の間を縫うように走り回り、膳の用意などをよくした。旦那も奥方も、「そんなに根を詰めなくとも良い」と諭すこともあったが、三沢一家にとってはそれが至極当然のことであるかのように、嬉しそうにただただ働いた。そうして半年もすると、変わらぬ働きぶりの三沢一家がすっかり佐上に溶けこみ、誰も何も言わなくなった。
佐上は、何事も無かった。
しかし、あの大きな地震は起こった。

−第五話へ続く−
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2008年02月05日

番付頂戴(第三話)

「浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ」とは、かの石川五右衛門の辞世。しからば盗人とは何かとなれば、簡単に言やぁ泥棒のことで、他人様のものを無断で頂戴するというけしからん人間や手っ取り早い行為のこと。じゃア、これこれを戴きますよとお断り申し上げれば盗人にならないのかというとそうでも無いらしい。盗人の言い分じゃあ、貧乏人や百姓の家などもともと何も無いところからは盗みはしないので、商家や資産家の御倉の中で、溢れかえりそうになっている所から上バミをちょいとすする程度に頂戴するばかりなのだから、なにもそう目くじらを立てなくとも結構なんじゃなないかということらしい。もっともそんな理屈で盗みを喰らった方はたまったもんじゃあないから、官に頼って捕縛せしめていただくということになる。官は法律を守るものの味方ではなく、税金をたんまり納めるものの味方だから金持ちには逆らわない。となると、盗人が捕まらないためには、金持ち以上に税金を納めなければならないわけで、それにはせっせと真面目に稼業に励まないといけない。
ある真面目な盗人が、御縄についたときに残した言葉がある。
「闇に働けば官が立つ。錠を外せば捕まえられる。牢に通されれば窮屈だ。兎角に盗人の世は住みにくい」
こりゃあ至極名言だと思ったら、実は明治時代の大文豪先生の一文を盗んだもので、それがばれた時には、他人様の家屋敷や懐から盗み取れば罪になろうが、人の言葉は盗んでも罪にはならないのだといって笑ったとか。
江戸の昔なら盗みで死罪になることもあったらしいけれど、この昭和のご時世にはどれだけ大金を盗んでも絶対に死刑にはならないのだから、御一新以降はまさに盗人天国。上手くすれば盗んだ金で良い暮らしが出来るし、下手を打って牢に放り込まれても雨露が凌げて飯も喰える。こりゃあどう考えても盗み得というヤツで、こうまでお膳立てが揃って、盗まないヤツはバカだといえる。まったくもって近代化万歳だ。何でも西洋の真似をして法律を作ったらしいが、どうやら西洋じゃ法律家も大分自分に自信が無いと見えて、泥ッ気の方には甘く査定したようだ。

三沢平一郎は二十一歳の若造だけれど、すでに窃盗による前科一犯がついている。といっても、本人が捕まったわけではなくて、先輩の盗人が踏んだドジの身代わりとなって半年の懲役を受けたに過ぎない。嘘だか本当だか知らないが、盗人の世界にも横の繋がりというものがあり、その筋に顔を売るなら刑務所の中に限るんだと盗人仲間に教えられて、興味半分もあり素直に身代わりを引き受けた。
「なぁに、江戸の昔なら盗みで死罪になることもあったらしいが・・・」
とは、ドジを踏んだ張本人が、身代わりとなって連行されて行く平一郎を見送るときに使った言葉だ。平一郎はそれを背中で聞きながら、なにをぬかしやがるかこのヘッタクレ野郎めと呟いた。
平一郎はこの時点で前科が無かったせいで、取調べは執拗を極めた。住所氏名年齢は勿論、平一郎のあずかり知らないことまで根掘り葉掘り聞かれる。
――名前は?
「三沢平一郎と申します」
――住所は?
「えーと、じゅうしょ?ハテ?重症ですか?そりゃあもう大変なことで」
――不定か?どうしようもないな
「まったく困ったモンで」
――年齢は?
「えいれい?ハア、どうにもご愁傷さまなこって」
――ご愁傷って事があるか。歳だ、ト・シ!
「は?歳ですか。英霊ってからァてっきりもうお亡くなりになったんだと」
――いくつだ?
「二十ちょっきりです」
――生まれは?
「信濃の木曾です」
――いつ東京ヘ来た?
「さあ、もう十年にはなるかと」
――両親は?
「上京してすぐに震災に遭いまして、それでもってインでまいました」
――なんだと?
「だから、震災でインでまいましたよ」
――いんだとはなんだ?
「インだんですよ。あの世にインでまったんで」
――死んだんだな?
「はい、インだんです」
――何故両親は東京へ来たか知っているか?
「さあ、何せこっちもガキですからね。詳しいこた知りません。ただ、親父は木こりでしたが」
――まあ、さしずめ喰い詰めたというところか
「そんなようなもんでしょうな」
――で、罪状だが。某の家に忍び込んで金品を盗んだことで間違いないな
「どのくらい盗みましたかね」
――どのくらいってことがあるか
「オレもよおく聞いてくりゃよかったんですが、なんも知らねえできたもんで」
――何を言ってるんだ
「どうもこうもありませんが」
――貴様、官憲をバカにしているのか
「いえいえ、江戸の昔なら盗みひとつで首も飛びましたが、昭和の今ではそんなことはありませんようで、だったら盗まないヤツはバカなんですが、お上は盗みはしませんか」
――我らが盗みを働くようじゃ、世も末だろう。盗みを働くのは貴様らの如き卑しい人間だけだ
「なるほどそうですか、じゃあ卑しい人間ほどバカが少ねえというわけですか」
――盗みを働くやつはバカなんだ。だから貴様らがバカなんだ。
「おかしいな、お役所じゃよく横領なんてありますが、じゃあお役所にもバカが多いということですか」
――貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか
「いけねえや、分かって言うと首が飛ぶ」
嘘つきは泥棒の始まりというほどで、口の減らないのもまた盗人の特徴。盗人の言い分を真正面から受け取るのはまことお人好しで、そういうのは救いようが無い。大概は盗人に言いくるめられて、いいように懐を漁られる羽目になる。現場を押さえられた空き巣は道に迷ったといい、置き引きは自分の荷と間違えたといい、横領犯は誰か他のヤツに盗まれたとかウッカリ失くしたというのが昔っからのお決まりの言い逃れの台詞。それを真に受ける人間はまあ滅多にいないけれど、世の中には「とんと間抜け」もいて、コロリと騙される。これを「トンマ」と言って、盗人は後ろを向いて舌を出しつつ逃げてゆくという寸法だ。
平一郎の罪は本来さほど重くもなかったが、減らず口が官憲の心証が悪くしたか六月の実刑と相成った。
入牢して、いざ大物の大泥棒とじっこんになろうかと期待したが、実際には御縄についているのは小物ばかり。名の通った泥棒がそう易々と官憲の手にかかるわけがなかろうと知らされた。
しかし、刑務所は盗人たちの周旋屋、小物ながらも腕に覚えのあろうかという若者と知り合った。
若者の名は坂本要といって、詐欺の罪で懲役を喰らっていた。見た目は書生風で、言葉にも気遣いにも嫌味が無い。どう見ても好青年然としていて、とても刑務所に入れられるようではない。あちらの懲役が腹が痛いといえば看守に薬を求め、こちらで風邪をひいたようだと聞けば自分の布団を貸してやり、作業は真面目丁寧にこなし、看守連中の覚えが良い。
しかし、と平一郎は思う。スネにキズ持って御縄についた人間が、堕ちた先で真面目にやったところでなんになるのか。どうあってもお努めの年季が明けないことには身の自由は無い。
「平ちゃん、務所にいたって一文にもなりゃしないが、こうやってかいがいしく働けば時々メシのオカズを貰えるし、なにより恩赦も優先されるだろ。オレたちは結局娑婆にいなくちゃ儲けにならねえのさ」
「まあ、そうさね」
「他の懲役が真面目なら、オレたちはクソ真面目になって、いつも一歩先にいなくちゃいけないよ」
「だけど、恩赦なんて期待してても仕方ないじゃないか」
「あんたら『ドロ』やあちらの『殺し』のヤツラは前科も値打ちのひとつと考えてるか知れねえけども、オレら詐欺師連中は牢の中にいる時間がまったくの無駄なんだよ。だから、ちょっとでも娑婆に出られる可能性の高い方法を考えるのさ」
「へっ、かのーせーときたか。かのーせーってなんだ」
「なんだよ、学がねえな」
「学がありゃあ、こんなとこにいるかい」
「そりゃあそうだ。だけどよ、なんにせよ点を稼ぐに越したこたないよ」
「ふん、まあ考えとくよ」
要の話によると、詐欺師の条件は、見た目が良くって心が良くないといけないのだという。どうかすると石部金吉なみの人格者でないといけないらしい。本心はどうあれ、周りからはそう見られることが大事だとか。困っている人に手を貸し、悩んでいる人と一緒に涙を流す。そうして人の心をまず虜にする。やがて徐々に人が集まってくると、頃合を見計らって仕掛けを打ち、ドンと荒稼ぎしてドロンという筋書きなんだそうで。凄腕の仕事師になると、騙された方がいつまで経っても気が付かないものだとか。警察が来て、「あなた騙されましたよ」と説明してもなかなか信用しないから、被害届けが揃わないこともあるそうで。中には警察を疑ってしまうことも間々あるとか。
そうした性質が、要の立ち振る舞いに良く現れていた。それを見るにつけ、なるほどヤツは詐欺師が天職だと思う。刑務所の中では平一郎ただ一人がヤツは詐欺師だとみているだけで、他の誰も要を詐欺師とは微塵も思っていない。自分だって、要の話を聞かなければ、他の連中と同じように要を見ていただろうと思う。
「平ちゃん、娑婆へ出たら、オレと組んで仕事しようよ」
「おい、それも騙しじゃねえのか。オレを相手に仕掛けたって、銭にゃならねぇぞ」
「そんなこた分かってるよ。だから誘うんじゃねぇかよ」
「どうだかなぁ・・・」
「やろうぜ。オレたち、馬が合うじゃねぇか」
その誘いに生返事をした平一郎だったが、心は大きく傾いていた。これまで、学がねえ、家がねえ、親がねえという理由で、世の中の底辺ばかり這うように飛んできた悔しさがある。その悔しさは、自分の言葉では上手く言い表せないが、どうにかして世の中の上のほうでのうのうとしている人間に一泡吹かせてやりたいという気持ちになっていた。だから、その手っ取り早い方法で盗みを選んできたが、それをいくら繰り返したところで小さな快感しか得られなかった。もしも自分にあいつらをまとめて凹ませてやる手段があるのならば、どれだけ爽快かと思わないではなかった。あるいは要がその道案内をしてくれる者なのかもしれない。そう思うと、平一郎の胸がカッと熱くなった。
まったく・・・と、平一郎は呟く。
「まったく、詐欺知ってのは、口が上手くっていけねぇや」
要の期待していた恩赦は、突然訪れた。
「昭和8年12月23日 皇太子・継宮明親王降誕(誕生)につき、恩赦有りの由」
つまりは昭和天皇に子供が出来て御めでたいから、罪人にもおすそ分けを頂戴できるというわけだ。その恩赦で減刑された要は放免、平一郎も二月を免じてもらうことになった。
「平ちゃん、先に出て待ってるぜ。約束、忘れねぇでくれよな」
「詐欺師の約束なんて、あてにできるかい」
「泥棒の嘘よりは信用できるさ」
要の後、三ヶ月勤め上げた春まだ浅い頃、平一郎も塀の外へ出た。塀際の桜並木はまだ蕾も宿してはいなかったが、平一郎の心の中には満開の桜が咲き誇っているようだった。塀一枚隔てただけで、ここまで空気の味が違うのか。こんなに気持ちがいいのなら、なんだか刑務所暮らしも悪くは無いと思った。
さて、今出たばかりのこの道を、右に行けば昔のねぐらが待っている。左に行けば、要の待っている町に向かう。どちらへ行くのもオレの自由だが、行った先での自由は無いように思う。昔のねぐらで昔の仲間にこき使われるか、要の手下であしらわれるかの違いだ。人間には生まれつき運のいいヤツと悪いヤツがいるらしいが、どちらへ行っても運不運でなるようにしかならないし、なったらなったなりに従えばそれでいいということもある。とどのつまり、あとはどちらが自分に似合っているかということだろう。
さあ、どちらへ行ったもんだか。

−第四話へ続く−
posted by 肉王 at 03:28| Comment(2) | 番付頂戴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月04日

番付頂戴(第二話)

上野広小路を市電に沿ってフラフラと歩き、仁丹塔の影を見ながら脇道にひょいと潜り込む。今にも落ちそうなドブ板を踏み抜かないように奥へ奥へと入っていくと、震災の後にやっつけで建てられた安普請のセコ長屋が左右に一丁続く。無警戒に開け放たれた土間口からは、威勢のいい生活の音や遠慮の無い子供の声が漏れ聞こえてくる。
震災前までは吉原大門の脇に住んでいたけれど、なァに大門とは名ばかりで明治の終わりの大火でもって門なんかありゃあしない。それでも往来は盛んだったし、噺家仲間もなんだかんだっちゃぁ便利に使おうってんで出入りが激しかったから独り身には淋しさも無い、なんとも楽しく暮らせるところだった。
ところが、震災後に師匠のおカミさんの口利きだか差し金だかで、縁談なんかまとまってしまったもんで、そんな不遜なところへも住んでいられなくなった。こりゃあ慌ててどっか探さなきゃァならないと思ったところで、どこもかしこも家なんかまともに建っちゃいない。まともに建っているところはといえば、かろうじて残った数少ない寄席へなんか通えもしないようなド田舎ばかり。まさか狸相手に落語じゃああるまいし、通ったところで足代ばかりかかって何をやってるのかわかりゃあしない。
ところが目端の利く地主がいたもんで、広小路界隈にあっというまに長屋をおったてた。おったてたはいいけれど、近場の上野公園でもって震災で山のように出た死体を焼いたから、気味ィ悪がって借り手がなかなか現れない。
「あんなもなぁ一山ナンボの材木焼いたもんだとだと思えばなんてこたないよ」
地主はそういうけれど、何せうず高く積み上げられた死体からでた強烈な臭いが忘れられないのも人情だから、いくら江戸っ子だって二つ返事で応とも言えない。ともかく誰か一人でも入ってくれりゃあ、あとは何とか埋まるだろうさと目論んだ地主が目を付けたのが新米師匠の夏場亭風流というわけだ。
「師匠、なんだかご新造さんを迎えられるとか聞きましたが。御住まいは決まりましたか」
「うん、それよ。これこれこういうわけで困っちまってんだよ」
「じゃ、どうですか。うちに入ってみちゃあ」
「だってお前さんとこはアレだろ」
「アレって言いますか」
「そうは言ってもナニじゃねぇか」
「ですからね、とりあえず試しに入ってみちゃくれませんか」
「とりあえず試しで祟られちゃたまらねえよ。オタメシやぁ、なんて出られちゃよ」
「ですからね、一年黙って入ってくんなさいよ。もちろん、その間店賃は要りません」
「え?ロハなのかい?本気かい」
「一年経って、なぁんにも無かったら、そっから店賃を入れていただけりゃいいですよ」
だったら儲けたもんだとすぐに荷物と女房を抱えて長屋へ転がり込んだ。どういうわけだか師匠のおカミさんまでくっついてきたのが誤算といえば誤算だった。おカミさんに言わせれば、裸同然で転がり込んできた小僧を内弟子にして貧しい家計をやりくりして一人前の真打にしてやったのだそうで、師匠がおっ死んだ途端に他人扱いする気かと泣き付かれれば、そりゃあもっともだ、おカミさん堪忍してくれ一緒に住もう、となっちまう。女房はぎょっとしていたが、なあにおカミさんももう六十何歳だ、近々ポクっと逝ってくれらぁとなだめすかした。
そうしてもう三年も住んでいるが、未だに店賃は払っていないし、おカミさんもなかなかどうしてポクともカクとも逝きゃあしない。
毎年地主が交渉に来るけれど、何とかかんとか言いくるめてもう一年もう一年とやっている。
「ねぇ師匠、もういい加減に店賃払ってくださいよ」
「ナニ言ってんだい、なんにも無けりゃあ払うって約束だったろ。未だにおめえ、仏さんが迷って出て毎晩毎晩大騒ぎだぜ」
「嘘言わないで下さいよ。他ぁ全部埋まってるけど、そんな話はひとっつも聞きゃぁしません」
「そりゃあそうさ、全部オレっとこで引き受けてんだ。おかげで見ろよ、うちのババァ、すっかりくたびれて皺くちゃだ」
「ババァになりゃあ、皺くちゃになるってもんじゃないですか」
「まったくよ、お呼びでないお前さんは律儀に毎年くるが、お迎えのほうは待てど暮らせどなかなかきやしねえ」
どんなにうるさく言ったところで、空き家が埋まったのは他でも無い風流のおかげと言えなくも無いので、地主は深い溜息をついて、すごすごと帰ってゆくしかない。いっそ台風でも来て屋根のひとつも吹き飛ばされりゃあ出て行ってもくれるんだろうがね。そうなったら絶対に屋根の修理なんかしてやるもんかと地主は恨めし恨めし去ってゆく。
その背中に風流が声を掛ける。
「そんなに気を落とすな、また来年くりゃあいいじゃねぇか。なぁおい」
「アタシが化けて出たい気分です」

−第三話へ続く−
posted by 肉王 at 01:52| Comment(2) | 番付頂戴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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