2008年05月06日

盲約聖書 番外編1

いやもう、どうしようもないですな。
何が?ってもう、様々ですがな。
ガソリンの極端な値上がりは国を滅ぼしまっせ。人の上に立つ人間なんて、庶民のことなど想像もしないんでしょうな。
政治家の皆さんは、何故に国民から税金を巻き上げることばかりに腐心しているんでしょうか。本来だったら、どうやったら安く油を輸入できるかを考えるのが政治家であり、役人なんじゃないんですかね。政治家や役人に、その辺の発想ってあるんでしょうか。多分無いんでしょうね。
そう考えると、この世に正義はあるのか、なんて叫んでしまいますよ。40歳だけれど。
では、この世の正義とは何でしょうか。
法律を守ることですか?なるほど、社会では法律を正しく守ることも正義とされておりますが、その正義の法律を作ったのは誰なんでしょうね。国会議員ですよね。じゃあ、その国会議員を全然尊敬できないのは何故なんでしょうな。ああいう人たちの作った法律を守ることが、果たして本当に正義なんでしょうかね。
こういう子供っぽい疑問と向き合うことも時には必要で、もしも今までの人生で一度もこんなことを考えたことが無いとしたら、それはただの豚野郎だとしか言い様が無いですよね。
でまあ、そういう豚野郎のためにあるのが宗教というわけです。
豚野郎はとにかく与えられたものに疑問を持ちませんからね。法律なんか、誰がどういう理由で作ったかなんて考えもしないで、ただ一心に妄信するんですから、扱いやすいったらない。
仮に一面だけ見てみましょうか。
新しい法律が出来ると、それを運用するために公益法人なんかできちゃいますね。その法人にはジャブジャブと税金が投入されて、その税金を美味しく食べるのが天下りの皆様方という側面がありますよね。
こういう構図は誰だって許せないんですが、でもその一方で法律は正しいと信じているのが多くの人々で、そういう人たちが実は国家にとってはとてもありがたい上客なんですな。
自分はスグレモノだ、デキルヤツだ、と信じているくせに、肝心なところはメチャクチャに喰われていたりガスガスと蹴りを入れられているのに気がつかない。国家は、エエもう貴方様の仰るとおりでゴザーマスとひれ伏しながら、ガスガス蹴る。

別にこれはエホバ氏に限ったことじゃないんですが、多くの民衆を従わせようと思ったら、まずは徹底的に締め上げるんです。
で、民衆が苦しんだら、何故苦しいのかを説明する。
「キミらはあれよ、罪深いのよ。だから今は苦しいけれど、なーに、オレの言うことを聞いてれば、そのうち幸せになれっから」
改革には痛みが伴うものだと言った元総理大臣がいましたよね。でも、エホバ氏も元総理も、自分だけは全然痛みが無いのね。
一方、民衆は基本的に豚野郎だから、理由を説明されると、ああそっか、と納得しちゃう。もうね、そもそも何で罪深いのかという疑問が無いのが豚野郎の致命傷ですよ。国の膨大な借金を返すための改革っていうけれど、じゃあ誰が何のためにそんな借金作ったのってことでしょう。まあ、国の話はもういいやね。
エホバ氏は傲慢だから、オレに疑問を持つな、てなことを平気で言います。
今、盲約聖書は「創世記」で止まっていますが、この後は「出エジプト記」といって、かの有名なモーセ(モーゼ)が出て来ます。このモーセという人はまた損な役どころの人で、まあ苦労が耐えない。会社で言うところの中間管理職です。そうだなあ、まあワンマン社長とバカ社員の間に挟まった、真面目さだけがとりえの課長といったところかな。
エホバ氏は、民衆とサシでやりあうのが厭だから、間にモーセをおいて、何をするでもモーセ経由にしちゃう。民衆はモーセのせいで、今まではすぐそこに見えていた神様の姿が少し遠くになっちゃったんで、しょっちゅうタガが緩むようになっちゃう。だもんで、エホバ氏と民衆が、モーセを挟んで何だかんだと悶着を起こす。
エホバ氏は、もうタマランから、法律を作って民衆を縛り付ける。あれすんなこれすんな、あれがしたいときにはこうしろああしろ・・・。まあ、小うるさいこと小うるさいこと。何十ページもそんな調子だから、読んでいて厭になるっすよ。まあ、我慢して読んでるけど。
でも、今も昔も、人を統べるやり方って同じなんだなあと思いますよ。それは、人間の本質は何千年経とうとも変わっていないということであり、その本質をねちっこく正確に書いたから、聖書は真実味がでているんだろうな。もっとも、真実味がでているからと言って、即ありがたいとか、正しいものだとは思わないけれど。

では、また。
posted by 肉王 at 02:49| Comment(2) | 盲約聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月08日

盲約聖書 創世記4

ノアさんの息子が3人いたのは前回お話しました。
それがセム・ハム・ヤペテの3人ですが、セムのずうっと後の子孫に、アブラムというちょっと賢いのがいました。アブラムは後にアブラハムと改名するのですが、ややこしくなるから今の内からアブラハムとしておきましょう。
さてさて、エホバ氏はノアとの契約上、その子孫にもべったりと張り付いております。結構しつこいんですよ、エホバ氏は。なにせ、セムからアブラハムまでの間は2千年以上あるんですから。
その間、エホバ氏はこれといったこともしやしないで、アブラハムに突然物申します。
「なあおい、お前さ、カナンに行けよ。その土地お前にくれてやっからさ」
アブラハムはエホバ氏に気に入られるくらい敬虔な人物ですから、素直に従う。そのメンツはというと、まずアブラム。その妻サライ、甥のロト。家畜やら財産やらと、あとは彼らの奴隷が多数。
身内と一緒の移動なんで、我々の感覚でいうとちょっとしたキャンプに出かけるようなイメージですけれど、実際にはかなりの大移動のようです。

アブラハムはカナンの土地に着き、エホバ氏から土地を貰い受けますが、カナンはカナンでひとつの町ですから、当然先住者がいるわけです。でも、そんなことお構いなし。神様がくれるっつうんだから、土人など物の数じゃあない。
アブラハムは一旦そこに「オレが神様から貰った土地だ」という証主張のつもりなんでしょう、エホバ氏のための祭壇を築きます。
アブラハムはさらに縄張りを広げるためかエジプトまで進行します。ところが、実際に来て見ると結構大きい町だ。どうやら自分の手には負えそうも無いと察したアブラハムは、妻のサライに言います。
「あのな、お前は美人な女だから、エジプトの王様が見たら、お前欲しさにオレのことを殺すかもしれない。だからお前はオレの妹だということにしといてくれ」

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ある意味読みの深さを感じますが、保身のために自分の妻を利用しようと言うズルさがどうもね。だったら最初からエジプトの町になんか入らなきゃいいのに、と思うのは素人考え。アブラハムはもう一歩先を読んでいましたな。
エジプトへ入ると、アブラハムの読みどおり、王様がやってきて、「なんだや、オメの連れでる女、めんこいなや。オメの女房すかや?」
「いやいや、オレの妹だね」
「んだが!んで、オレの嫁にしてえから、オレさけねがや?オメさも悪いようにゃすねがらや」
「へいへい」
と言うわけで、王様はサライを召してしまうのですが、これがアブラハムの作戦だったようです。
「エホバさんエホバさん、エジプトの王様が私の女房寝取っちゃったよぅ」
それを聞いたエホバ氏は怒って、王様に災いをなします。
王様は妹だと思ったから嫁にしたンであって、なにも悪いことをした覚えが無い。とんだ災難と言うヤツです。
「なんだや、オメの女房だったのがや。んだったら、最初っから言えや。そしたらオレだって嫁さけろなんて言わねがったっちゃ。オレ、とんでもねえメにあったべや!」
王様は酷いメにあった上に、羊だのロバだの牛だのの群れをアブラハムにせしめられてしまいます。そうしてアブラハムはエジプトを後にするのですが、どうやらこれが人類最初の美人局だったのではないでしょうか。
これに味をしめたアブラハムは、後で同じことをもう一度やり、成功しています。

エジプトを出たアブラハム一行は、財産が増えておりますから、甥のロトと一緒に行動するのに難渋してまいります。当人同士は何も問題を抱えていないのですが、それぞれの使用人達が諍いを始めるわけです。
でまあ、これ以上一緒にいても大変なだけだから、お互いの財産を半分にして、それぞれ別のところで暮らそうや、ということで一致します。

そうやって、一見うまくやっている風にも見えるんですが、アブラハムには納得できないところがあります。
「なあ、エホバさんよ。あんた、オレを幸せにするって約束してたはずだけど、オレにはまだ子供がいないじゃないか。子供がいなければ、オレの財産は全部使用人か奴隷のものになっちまうじゃないか。オレはアンタが拝めと言えば拝んできたし、住み慣れた土地を離れてカナンの地へ行けというから、こうして辛い思いをしてやってきたじゃないか。なのにアンタは契約を果たそうとはしないんだね」
基本的にエホバ氏はこういう賢しい人間は嫌いなのですが、流石に契約の話としては筋が通っているからグウの音も出ない。
「ああそうかい。分かったよ」

エホバ氏は子供の件を引き受けますが、ムカついているから只じゃ引き受けない。アブラハムに子孫はくれてやるけれど、その子孫はエジプトで100年間奴隷になるようにしてやるわい。ゲハハ。生意気言いやがってコンチクショー。という暗示とともに子供を授けます。

しかし、この一件で、エホバ氏はアブラハムの腹の中が分からなくなったんですね。こいつ、本気でオレのこと崇拝してやがんのかな。ひょっとして、どっかでオレのことナメてねえ?みたいな?
そのせいかどうか、アブラハムの子供を生んだのは、サライの奴隷のハガルという女。もともとはサライが、自分は高齢で子供が産めないから、ハガルに生ませてやってくれとアブラハムに提案したんです。で、アブラハムはそれに素直に従っただけなんですが。
でも、ハガルはアブラハムの子供を生むと、態度が大きくなってしまいます。自分の主人のサライを見下すんですな。こりゃあ、女のサガと言うヤツで、江戸の大奥でも同じようなことがあったじゃない。
で、やっぱりそれじゃ納得いかないんです、サライもアブラハムも。
「エホバさんよ、何だかちょっと違わなくね?」
「そんなのオレの知ったことか。お前が勝手に生ませたんだろが」
「それはアンタがモタモタしてっからだろ」
「わかったわかった。じゃあ、サライに子供生ませてやっから待ってろや」
というわけで、サライは奇跡の高齢出産を果たすんですな。凄い執念だ。

この頃、アブラハムは確実にエホバ氏と対等に渡り合っていまして、エホバ氏の行動にいちいち意見などします。
甥のロトが、ソドムの王とゴモラの王との間で、すこし悶着を起こすんですが、それに怒ったエホバ氏が、ソドムの町とゴモラの町をぶっ潰そうとするんです。

それを知ったアブラハムは、エホバ氏に「やめなさいよ、このハゲ。どの町にも悪いヤツばっかじゃないでしょうが。いいヤツだっているんだよ。それをなんだ、あんたは私怨でもって全員ぶっ殺そうなんて、酷いじゃないかね」と、詰め寄ります。
それに気圧されたエホバ氏は一瞬ひるみますが、結局はロトの女房を巻き添えにしつつ、ソドムとゴモラの町を殲滅してしまい、町の人々は跡形も無く消え失せます。なんというか、もう、あーもうーもないですね。やっぱり、アブラハムの言いなりになるのがシャクだったとしか思えません。

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さて、アブラハムに子供が生まれました。
名前はイサク。イサクは良い子です。ヘイヘイホー。
何せ歳をとってからの初めての実子ですから、アブラハムにとっても可愛くて可愛くて仕方が無かったことでしょう。
その頃、アブラハムは先住者の将軍とひとつ約束をします。なにせ、アブラハムは他所からの侵略者ですからね。しかも、なんだかエホバ氏とか言う兇悪なのがバックについてるんで、先住者といえどもおいそれと手を出せない。
なので、将軍は言います。
「俺らはアンタに手出ししないから、あんたんとこもあのヤバイのけしかけないでくれよ。ソドムとゴモラの一件は有名だから、みんなビビってますから」
「ああそうだよね。あいつアブないよね。大丈夫、なんにもさせないから」
「ほんと?じゃ、よろしくね」

それを聞いていたエホバ氏は面白くない。やっぱアブラハムはオレのこと馬鹿にしてやがる。よーし、分かった。もーう、オレは分かっちゃったもんね。知らん振りして、アイツのこと試してやるべ。みてろよ、アブラムシめ。

「あーこれこれ、アブラハムや」
「おや、エホバさん。ご機嫌ですね」
「うーん。まあまあね。ところでさ、あんた、生贄がまだだったよね」
「あ、そうだっけ?すんません」
「それでね、生贄はね、お前の息子イサクの丸焼きを持ってきなさいね」
「なんだそれ!まじか!」
「マジマジ!オッヒョヒョーイ!」

エホバ氏は、モリヤという土地の山に息子と一緒に来て、その頂上で息子を全焼(丸焼き)にして捧げろという。仙台市若林区上飯田のスーパー「モリヤ」でパン買って来い、という命令とはレベルが違う。
その時、アブラハムはどう思ったでしょうかね。前にも書いたとおり、聖書には登場人物の心理描写というやつがありませんから、記述ではアブラハムが黙ってエホバ氏の言葉に従い、息子を連れて山を登る様が記されているのみです。
しかし、腹の中ではムカムカしているのは当然です。そもそもエホバ氏が契約を守らないから話が縺れたんであって、アブラハムには責任が無い。そりゃあ確かに、ソドムの一件では偉そうに進言したさ、エホバ氏に断り無く地回りの将軍とも約束事をしたさ。けれど、どれひとつとっても、エホバ氏のことを思えばこそじゃないか。なのにこの仕打ちはどうよ。ネチネチと人のする事言う事に妬みをもって絡んできやがる。
じゃあいいさ。エホバ氏がくれた子供だとは言え、この子はオレとエホバ氏の契約の証だ。これをエホバ氏の命令でもって殺せというなら、あいつは神でもなんでもない。このことをオレが世界中に触れ回れば、あいつはもう誰とも契約を結べやしなくなるんだ。それが一体どういうことか、あいつは分かっているのか。
ここで許しを請えば、アブラハムの子孫は未来永劫エホバ氏の奴隷みたいなもんだ。それは絶対に「契約」なんかじゃない。こんなことで引いてたまるか。これはオレとエホバ氏の一世一代の大博打じゃ。

息子のイサクに薪を背負わせ(イサクは、それが自分を焼くためのものだとは知らない)、湧き上がる闘争心を抑えつつアブラハムは山を登ったことでしょう。
指定の場所に到着したアブラハムとイサクは、生贄を捧げるための準備をし始めます。イサクは生贄がいないことを不思議に思っていますが、まさか自分がそれだとは疑っていません。その息子に向って、アブラハムは刀を振り上げます。
「あれー、とうちゃん、なにするの」
「どうもこうもあるかい。エホバがこうしろっていったんだ」
「やめてー」
「オレだってやめたいわい。恨むならエホバさんを恨んでくれ」
そうして、ギラリと光る禍々しい白刃がまさにイサクの無垢な体に食い込もうという瞬間、エホバ氏が登場します。
「待ったー!待った待った!分かった、オレの負けだぁ、チクショー」

エホバ氏は、アブラハムを試したつもりなのですが、逆にアブラハムにノド元に匕首を突きつけられていたことに気が付いたのでしょう。
「もう、お前の子孫は未来永劫面倒見るさかい、許したってやホンマ」

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アブラハムの深い溜息が聞こえてくるような、熱い一節でした。
posted by 肉王 at 03:47| Comment(0) | 盲約聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月31日

盲約聖書 創世記3

近頃は思うように更新が出来なくて申し訳ない。俺としても非常にヤキモキしているのだけれど、こればっかりは仕方が無いです。
精神的に迷走している感もあり、経済的に困窮している感もあり、肉体的に老耄している感もあり、といったところ。

さて、前回はノアさんのところまででした。
ノアさんは3人の子供を残します。それが前回の最後の部分で触れた、セム・ハム・ヤペテです。聖書によると、大洪水の後、これらの3人から諸国の民が地上に分かれたとあります。だから、言ってみれば我々の直径の先祖ということでしょうか。
誰でも「ハァ?」という感じでしょうから、そこは「ハァ?」のままでいいと思います。何せ聖書というヤツは、根幹を否定してしまっては一歩も先に進めないようになっていますから、そこは流せ、としか言いようがありません。

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オレ自身、毎週水曜日に彼女達と話をする際には、かなり慎重に言葉を選んでいます。
「神様が地球を創ったって?あり得ないじゃない」と言ってしまっては、話になりませんから。話を聖書に限定してしまうと、「例え話」にだって下世話な例を引くわけにはいかないのです。あちらはあちらの価値観で話してきますが、それに対してこちらがこちらの価値観で返してしまってはいつまで経っても平行線ですから、あくまでもあちらの価値観に則った上で理解を示したり異論を唱えたりするというわけです。
つまりオレの立ち位置としては、どうにかしてあちらの言い分を理解しようとする馬鹿、というところでしょうか。

DSCN9185.jpeg

話が横に逸れましたね。
聖書の記述と言うヤツは、極めて詳細に破綻の無いように書かれているんです。あまりに詳しすぎるというか、くど過ぎるというか。
例えば、誰それの子は何と言い、何歳まで生きて、その後何とかを生み、というようなことが、2ページにも3ページにも渡って続きます。一つ一つに意味があるとはとても思えないんですが、その詳細すぎる記述のおかげで、リアリズムが生まれていることも確かです。
だから、バベルの塔の話なんかも、僅か10数行程度の短い文章なのに、妙に人々の心に残ったりします。
元々短い話なのですが、それをさらに要約すると、以下のようになります。
元々世界の人々はひとつの言葉で喋っていたのだそうです。そのころ東の方から移動してきた人々が、シヌアルの土地に住み着き、町を作ります。
そうして、みんなでシンボルタワーを作ろうということになります。これがあれば、我々は全地に散らされない、という理屈です。
これを知ったエホバ氏がムカッとする。

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「まったく、人間てヤツはオレのことなんだと思ってやがんのか。そもそも、あいつらがひとつの言葉で話してっからろくなことしやがらないんだ」

そう言って、人間の言葉を混乱させて、人々を蹴散らしてしまいます。
これがかの有名なバベルの塔の話です。まあ、エホバ氏のエゴがむき出しのエピソードとも言えるでしょう。

そもそもエホバ氏は、人間が知恵を持つのを嫌うんです。エホバ氏にとって、人間は永遠に自分の僕(しもべ)ですから、その僕が賢くなるのが恐怖なんでしょう。
とは言え、エホバ氏にとって人間というのは「契約の対象」ですから、まるっきりの馬鹿でも困るはずなんです。自分と契約するものがいて、初めて自分の存在も成り立つわけですから。
今さら言うのもなんですが、聖書における「旧約」とか「新約」の「約」とは、神様と人間の契約のことです。決して「旧い翻訳」とか「新しい翻訳」のことではありません。オレはずっとそういう風に勘違いしていましたが。

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でまあ、エホバ氏はこれぞと思う人間を見つけては契約を持ちかけるんです。
「おねーちゃん、2万でどう?」というようなノリではありませんが、それでも豊田商事的な強引なやり方のような印象があります。
アダムとエバやノアたちの時には掛け捨ての傷害保険レベルの簡素な契約に過ぎませんが、そろそろエホバ氏は大ナタを振るってきます。
その最初の契約者はアブラムといい、エホバ氏と互角に渡り合おうとする猛者です。
posted by 肉王 at 02:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 盲約聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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